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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(24)

 フロリッツ家の令嬢、ユージェニーは目の前にあるお誘い手紙の前で悩んでいた。

「なぜ、この手紙がわたくしに?」


 差出人は、あのゴールディア伯爵令嬢で、あのバイアール公爵の婚約者で、あのクロヴィス様の姉君であるレディ・ナターリア。

 今年のデビュタントでゲオルク殿下のファーストダンスのお相手をしていた記憶も新しい。


 今までゴールディア家とフロリッツ家は取り立てて深い親交があったわけではないし、ユージェニーとナターリアが個人的に友誼を結んだ覚えもない。

 かろうじて繋がりあると言えば、幼なじみといえるグレイシーがナターリアと親しくしているくらいだ。

 ユージェニーとナターリアは、ユージェニーの社交嫌いもあって、会えば挨拶を交わす程度の仲である。

 先日のジャンブル・セールで、ユージェニーはバイアール公爵と二人で立ち働く彼女に好感を持ったけれど、それでも、いつもの挨拶より少し長い程度の会話しかしていない。


「クロヴィス様の本を購入したお礼かしら」

 ジャンブル・セールでユージェニーは素晴らしい本を手に入れた。

 トリアヌス・カロンの“国家論”のラテン語、アンゲリア語の対訳である。

 あの年齢で、それを作成したクロヴィスには、年下ながら尊敬を抱いてしまう。尊敬のあまり、直接にお会いして国家論について語り合いたいと夢想してしまうほど。

 しかし、そんな機会はないと思っていた。相手は年下なうえ、自分は社交嫌いで通っている。

 ユージェニーはもう一度じっくりと内容を確認した。

 曰く。

 およそ二週間後に、フレミア侯爵の持ち帰ったメネフィス碑文の拓本が取られること。それを見学者を集めて公開する催しがあること。

 見学会には二百名の若者が集められること。

 ナターリアはフレミア侯爵と、拓本を取るトーマス・エリオットと親交があり、幾人かの友人を推薦してほしいと頼まれたので、ユージェニーをぜひお誘いしたいとのこと。日程に余裕がないので、急ではあるが明日までにお返事をいただきたいこと。

 ただし、見学会の説明は、国際外交語であるパリーシャ語で行われ、若い参加者にはパリーシャ語で見学会のレポートを提出する必要があること。

 貴族の令嬢らしい、美麗な言葉で飾られているが、要約すれば、そういうことだった。


 メネフィス碑文の拓本取りの見学会。

 とても魅力的なお誘いだ。次兄のウィリアムが聞いたら、涙を流すほど羨ましがるにちがいない。

 しかし、ウィル兄様は今は海の上。


跡継ぎでない彼は海軍ので身を立てる選択をした。

 クリケットと狩りにしかほとんど興味のない長兄のオリヴァーも、今度ばかりは行きたがるだろう。

 行けば、必ず自慢できるから。

 彼は自慢屋で、ユージェニーのことも「妹は賢い」とよく自慢する。

 それが、妹の社交嫌いの遠因になっているとも知らず。

「お父様とお母様に報告しなければ」

 話はまずそれからだ。


 貴族は遅寝遅起きが常識。フロリッツ家でも例外ではなく、朝食を食べているが、時間はもう十一時を回っている。

 しかし、この朝食が家族そろって顔を合わせる唯一の機会でもあった。

 両親はベッドで朝食を取ることも多いので、週に三日ほどの割合だったけれど。今日は幸い、その三日の内に当たった。


「メネフィス碑文の拓本取りの見学会は今社交界で一番の話題だ」

 父が新聞を見てごらんと言った。実は父より早く記事は読んでいる。

「王家の呪いなんて怖いわ。フレミア侯爵は勇敢な人ね」

 母も新聞を読んだようだ。

「我が娘がその見学会に招待されるとは、素晴らしいね」

「家族は一緒に行けないのかしら」

 怖いといいながら、母は参加したいらしい。

「だって、フレミア侯爵が呪いを払う手段を思いついたのでしょ?陛下が刻まれる文言が呪いに打ち勝つなんて、国民として誇らしいわ」

 化学が発達して、世の中の不思議が解明されつつある今の時代に、古代の呪いなんて眉唾ではあるけれど。祭礼の力というのは、人の精神の安定のために必要なのだろう。


「参加は招待された本人のみと書かれていました」

「残念だわ。レディ・ナターリアは何人も連れて行くのに」

 ちょっと母は不機嫌になった。


「若い世代のために開かれるという趣旨だからね。ゲオルク殿下とコンラート殿下がご臨席なさるというから、その世代のものが集められるそうだよ。レディ・ナターリアはゲオルク殿下のファーストダンスの相手も務められたし、王室の信頼が厚い。その推薦なら間違いないということではないかな。それがユージェニーなんだ。喜ばしいことだ」

「それは、ユージェニーは良い子ですもの。でも、タジネット侯爵やバイアール公爵、マクミラン伯爵などはご参加するのでしょう」

「彼らはロンディウム博物図書館の理事だからね。ゴールディア伯爵夫妻も参加されないそうだ。いいじゃないか、拓本と複製が終われば、すぐにロンディウム博物図書館で公開される。その時に一緒に見に行こう」

 仲が悪いわけではないが、父が母を誘うのは珍しかった。父は、流行りの紳士クラブに入り浸っているから。

「それもいいかもしれないわね」

 母のご機嫌はなおったようだった。


「だけど、見学会には俺も行きたかったな。バーソロミュー教会のジャンブル・バザーに行けば良かった」

「わたくしは誘いましたよ」

「まさか、バイアール公爵とレディ・ナターリアがレモネードを直接売っているなんて思わないじゃないか。それを見るだけでも一見の価値があるし、レモネードを買ったら、皆に自慢できる」

 他の貴族の方々はレモネードを買っていませんでしたけれど。オリヴァー兄様なら、気にせず買っていたかもしれない。

「やっぱり、ユージェニーは凄い。自慢の妹だ」

 嬉しそうに言う兄にユージェニーは思わず笑ってしまう。兄は自慢屋だけれど、自分のことは自慢しないことが成長するにつれて解かってきた。

 愛すべき性格なのである。私は兄を自慢はしないけれど。

「では、レディ・ナターリアに承諾のお返事をお出ししますわ」

 ゆっくりと紅茶を飲み干して、彼女は言った。

 ユージェニーは密かにクロヴィスに会えることも楽しみだった。

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