伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(22)
「アーサー義兄上から素晴らしい提案が届きましたよ」
興奮したクロヴィスがナターリアの私室に飛び込んで来たのは、“リューイ”の二度目の観劇から、三日後のことだった。
「アーサー様はなんとおっしゃっているの」
興奮を隠して、できるだけ穏やかな調子でナターリアは弟に話しかける。
先日の会合は他言無用。アンゲリア王国と聖書に誓って秘密にすると誓わされた。
「フレミア侯爵が持ち帰った未公開公開だった部分も含めて、ヘンリック陛下に改めて、献上されるそうです。献上式は一週間後、そして、それからさらに一週間後にメネフィス碑文のから拓本を取る作業を公開するそうです。その公開に見学者として参加できるそうです」
「メネフィス碑文を、まさか」
ナターリアの驚きは本物だった。献上式をわずか十日で承認させ、準備する。そして、また一週間後には、公開見学会が開催される。なんという速さ。彼女はクロヴィスの言うことをすぐには信じられなかった。
「拓本を取るのは、パリシアから研究に来ている古代エギュプト研究の第一人者、ニコラス・フランソワ・ローエ氏。その助手を“リューイ”を翻訳したトーマス・エリオット氏が務めるそうです。エリオット氏はリューイの翻訳の見事さが発見者のフレミア侯爵に認められて推薦され、碑文にヘンリック陛下に捧げる献辞も考案するとあります」
公開見学会の主任役は別の人になったようだが、今までほとんど知られていなかったエリオットが助手を務めることは異例の抜擢に違いなかった。
「拓本の取る時の説明はすべてパリーシャ語で行われます。特別招待者、10歳から25歳の若者を二百名招待して見学させる。特別招待者はパリシア語のレポートを提出するのが義務となるとのことですよ。ナターリア姉上と僕が推薦できるのは10名までだそうです。もっとも推薦者の名義は、アーサー義兄上とタジネット侯爵になるそうです」
クロヴィスがナターリアの顔色を窺うように見上げてきた。
「姉上が推薦なさる令嬢は7名ですよね?僕も何人か友達を連れていってもよいでしょうか?」
「それは構わないけれど、それならウォルター様もお誘いしたいわ」
「じゃあ、僕が招待できるのは、たった2人か。誰にしよう」
屋敷にいるか、ロンディウム博物図書館に行くか、コンラートに会いに行くか、人とあまり交流をしないと思っていたクロヴィスに悩むほど親しい友人がいるのかと、ナターリアは別の意味で驚いた。
「見学会の参加者は、四日後に決定をするのでそれまでにお返事をいただきたいそうです」
「正味三日後ね。お誘いするのに時間が足りないのではないこと?」
ナターリアは締め切りの早さに、お誘いするレディ達の予定が合わないことを危惧した。
「他の予定を変更してでも、参加したいという方を優先するということでしょう」
「誰もいなかったら?」
「未公開のメネフィス碑文ですよ?少しでも知的好奇心がある方なら何としてでも参加しますよ。姉上はそういう方々を選んでいるのでしょう?」
クロヴィスの言うことはまったくその通りだが、ナターリア自身の準備が間に合うのかが一番心配だった。