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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(21)

「私は内務卿で、バイアール公爵は軍務伯でもある」

 軍務伯と聞いてフレミア侯爵は背を一段と正した。


 名馬を産する所領を持つバイアール家は、歴代、大司馬位を拝命する当主が大勢いた。

 戦時は司令官として、平時は王室の馬を管理をする役目である。

 また名誉法廷(騎士法廷)で、副官である軍務伯と共に裁く裁判官でもあった。

 その後、大司馬は常任で無くなった。代わりに、かつては大司馬の補佐的地位にあった、軍務伯を世襲官位としてバイアール公爵家は拝命した。

 もっとも、後年になるに従って、軍事的な役割はほぼ名目上となり、典礼や紋章を管理し、名誉法廷の裁判官の職務が主な仕事である。

 バイアール家の密かな渾名、“王家の御者”の由来もここにある。


「アール・マーシャル」

 フレミア侯爵が言葉をこぼす。思わず口をついたという風情だ。

 アーサーが軽く首を振った。

「その役目はまだ、父のものです」

 不思議なことに軍務伯の称号はカルプ大公となったウォレスのままらしい。

 タジネット卿も世襲職位である軍務伯は、アーサーが爵位を継いだ時から、その任についていると思っていたらしく、いぶかし気にしている。


「カルプ大公位には国境守備の勤めもありますから」

 カルプ島の王立軍はエスパニア継承戦争時には、1千名ほどいた。しかし、戦さが終わり、ウォレスが大公になると王立軍は解散。代って、カルプ大公が、国家公認の私兵を持ってカルプ島と周辺の島々を守っている。


 しかし、アーサーは軍務伯ではないかもしれないが、同席している他の三人の男達は、貴族院、庶民院に席を置いている身であり、王に、国家に忠誠を誓っている。


「大きな罪に、フレミア侯爵は重い罰を受けることになりますの?」

 ナターリアはフレミア侯爵に同情していた。

 メネフィス碑文を発見したばかりに、部下の死に、負傷に、常より重い責任を感じ、苦しんでいただろう彼。

 王への至誠で碑文を隠匿した彼。

 もしかすると、リューイに毎日のように通うのは、もともと演劇が好きなのもあるのだろうが、そのときだけは罪の意識から逃れられるからなのかもしれない。



「陛下のお心しだいではあるが」

 タジネット侯爵の言い方はあいまいだった。

 それに、本当は、ロンディウム博物図書館にメネフィス碑文を預けて欲しいという依頼ではなかったろうか。


「もう一度、お披露目をするわけにはいきませんの?フレミア侯爵のお志を(おおやけ)に喧伝して。呪いが本当にあるのかどうか、今まで確かめていたのだと。怪我はされても、お命は無事だったのですもの。呪いは無かったと証明できましたと、改めて、陛下に顕示する事はできませんか?」

 ナターリアは必死に言い募った。

「それに、さっき、ミスター・エリオットが言っていらした。思考は言語で作られている。でしたら、呪いの文言を打ち消す言葉を、信仰の擁護者たる陛下のお名前と共に刻めば。その刻印式を執り行えば、」

 そこまで言って、ナターリアは自分を見る一同の目に気がついた。


 一番年下のわたくしが出過ぎたことを言っただろうか。

 わたくしの考えは、あまりに子供っぽいものだろうか。

 そんなことは、無理だと一蹴されることを覚悟して、ナターリアは俯いた。


「ブラーヴァ!」

 拍手と共に陽気な声をあげたのは、オースティンだった。

「フレミア侯爵は、最初に発見したすべてを顕示すると言っておいででしたか?」

 オースティンはタジネット侯爵に問いかける。


「いや。しかし」

 タジネット侯爵が返答に詰まって、アーサーに視線を投げた。

「フレミア侯爵は、“我、エギュプトの地で古き碑文を発見せり。貴重な碑文なれば、陛下に顕示いたし、アンゲリアにて恒久的な保管ならびに保護をお約束いただきたく、ここに請願を奉ります”と王に請われたと思います」

 驚異的な記憶力で、アーサーがフレミア侯爵の顕示式の請願を再現した。

「確かに、バイアール公爵のおっしゃった通りだったと思います」

 フレミア侯爵が驚嘆を顕わにして頷いた。

「念のため、請願書を確認しなければならないが、そういうことであれば、今一度、陛下にメネフィス碑文を顕示、いや、今度は献上して、王の聖恩のお言葉を刻むことも可能か」

 タジネット侯爵は頭を目まぐるしく働かせているようだった。

「そうすれば、陛下は前の碑文と同じく、ロンディウム博物図書館に置かれるようご指示なさるでしょう」

 アーサーが確信を持って断言する。


 ナターリアの言った事が実現するかもしれない。いや、きっと実現する。


「ミスター・エリオットはグリーク語も得意だそうだね。フレミア侯爵、彼を碑に刻む言葉を考案する役に推薦したまえ」

 タジネット内務卿はフレミア侯爵にそう命じた。

「心得ました」

 謝意を示しながら、フレミア侯爵が承諾した。

「ロバート、首が繋がったわね」

 途中から、手を握りしめるようにして、事の成り行きを見守っていたテレーゼが従兄に笑顔を向けた。


「リューイの翻訳を見事なアンゲリア語で行った、ミスター・エリオットなら、死の翼に負けないような、素晴らしい文言を考えてくれますわ」

 オーガスタが高らかにいうと「ええ、その通りです」とエディットが強い同意を示す。

「それから、ロンディウム博物図書館に碑文が移されたら、ミスター・エリオットにはもうひと働きしてもらう予定だ」

 エリオットは感激して言葉もでないようだった。立ちあがって、正式な礼をする。



「ロンディウム博物図書館でいったい何を。ただ研究を進めるためだけに、お二方、いえ、お三方が動かれるとは思えないのですが」

 重荷がなくなったフレミア侯爵が、この会食が、何のためにあったのか、改めて質問をした。

「すべてはアンゲリアの未来のためです。後日、詳しくお話をしますよ。今は、とりあえず、もう一度乾杯をしませんか?」

 アーサーがちらりとナターリアを見てから、自ら給仕を呼んだ。


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