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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(15)

 埋め合わせはするというアーサーの言葉はなかなか実現できなかった。

 お互いのスケジュールが合わないのだ。

 不思議なもので、自分から避けていた時は何も思わなかったのに、今は彼に会えないことにナターリアは、焦れていた。

 それに、アーサーとオースティンが話していた会話。

 アーサーとマデリンが外で会っていたという。

「きっと、デビュタントの時の首飾りの打ち合わせでもしていたのだわ」

 そう思うものの、もやもやしたものが心に湧いてくる。マデリンに問えばよいのだが、それもできないでいる。


 一人で悩んでいると、クロヴィスから、近々一緒に出掛けようと誘いが来た。

 最近は一人で行動することを好んでいる弟が珍しい。


「ロンディウム博物図書館で、パリシアの文化に触れようと思いましたので」

 世界でも有数の博物館であり図書館でもあるロンディウム博物図書館には、芸術の都とも称されるパリシアの首都、シャルルマーニュからもたらされた文物も多い。

 このところ、ゲオルク殿下との約束で、パリーシャ語を学ぶ時間を増やしているナターリアである。


「机上の学びも大切ですが、姉上には、実体験のほうが身になるのではないでしょうか」

 確かに屋敷でパリシア語の文献とにらめっこをするより、よほど楽しいだろう。

「姉様のお友達も誘ったらいかがですか?」

「博物図書館に?」

 お茶会やパークへの散歩なら誘いやすいが、博物図書館となると、どうだろうかとナターリアは、しばし悩んでしまった。

「姉上はゲオルク殿下とコンラート殿下にお友達を連れて行くとおっしゃいましたよね?お忘れですか?」

 忘れてはいない。彼女は王宮に誰を連れていくか決めなければならない。

 ただ。友人を選抜にかけるのは心苦しい。


「でも、そうね。約束は守らなければ。博物館や図書館に興味を持たない人はそれだけで、候補にはなり得ないということね」

 王子達と一緒に学ぶ時間を共有するのだから、向学心がなければ話にならない。

 でも、向学心なら、わたくしは一抜けかもしれないですけれど、とも彼女は思ってしまう。

 好奇心はあるが、向学心はクロヴィスの三分の一にも満たないだろうナターリアである。

「マデリンに相談して、まずは、五、六人ほどお誘いの手紙を送ってみるわ」

「そうしてください」

 ナターリアはマデリンを呼び出した。

 ほどなく、彼女の女家庭教師はいつも通り隙のない姿で、二人の前に現れる。


 マデリンは二人の話を聞くと不思議そうに言う。

「お嬢様の中ではすでに人選が決まっていると思っておりました。まずはレディ・グレイシーかレディ・フロランスをお連れになると。ミフィーユ様はまだデビュー前なので少々難がございますが」

 もちろんナターリアもその二人は候補の最筆頭だった。

 グレイシーは芸術面に関しては、知識は広い。フロランスは兄の影響もあってか慈善活動に熱心だった。どちらも素晴らしい人柄で王宮へ伴っていくには問題はないだろう。

 しかし、殿下たちの向学心についていけるかには確信はない。


「わたくしと仲が良いからではなく、ゲオルク王太子のお相手に相応しい方を選ばなければなりませんから」

 レディ達の集いでは、学術的な話は、あまりしない。いや、習慣的にタブー視されていると言っていい。

 優雅さ、教養は問われるが、男性と張り合うような知性は求められないからだった。


「少しお年は上ですけれど、アーサー様の従妹でいらっしゃるアルトブラン家のエマ様、オックスブリッジの学長の令嬢のパーシー家のロレイン様、エリザベス様のご姉妹、それからフィロリッツ子爵家のユージェニー様、をお誘いしようと思っております」

「レディ・エマやパーシー家のご姉妹をお誘いされるのは解かりますが、なぜユージェニー様を?」

 マデリンはいぶかしげだ。

 レディ・エマはいわば、殿下たちとは血の繋がりこそないものの遠い親戚ともいえる。パーシー家の姉妹は社交界でも才媛と評判の方々である。

「グレイシーとは知己ですし、先日のジャンブル・セールの時?に」

 離れた場所で似顔絵を描いていたマデリンは、ユージェニーとのやり取りを見ていない。


「オナラブル・ユージェニーを候補に入れるのは僕も賛成します」

 思わぬところで援軍が来た。クロヴィスだ。

「彼女はジャンブル・セールで僕が対訳したトリアヌス・カロンの“国家論”を購入してくれたのですよ」

 トリアヌス・カロンの“国家論”ラームが共和政を取っていた末期の哲学者、政治家であり、その著作は、長年ラームの版図であった西洋諸国に影響を与えてきた。

 それは啓蒙思想の基ともいえる思想も孕んでいる。


 ゲオルク殿下達と学ぶのだからと、クロヴィスに翻訳したものを渡されたが、ナターリアはまだ半分ほどしか読み進めていない。

 これがロマンス小説だったら、一晩で読み終わるでしょうにと、残されたページを日々睨んでいる。

 ユージェニーが購入したというのは対訳。つまりはラテン語と併記されたものだった。翻訳写本も一緒に売っていたのだから、彼女は原文も読みたくて購入したのだと推測できる。


「とても知識欲の高いご令嬢なのですね」

 マデリンも納得したようだ。クロヴィスの対訳の手助けをしていたのはマデリンだ。彼女は父母の影響でラテン語に親しんでいる。

「ですが、それだけ錚々たる方々をお誘いするのでしたら、ただ、ロンディウム博物図書館を訪問されるのは勿体ないのではありませんか?」

 ナターリアが漠然と考えていたのは、博物図書館でどのようなものに興味を示され、造詣が深いかを確かめること。

 その中で特にパリーシャ語と歴史に興味を示しめす人がいたらと思っていた。

「せっかくロンディウム博物図書館に足を運ぶのですから、パリシア文化について詳しい学芸員の方にお話をお聞きしてはいかがでしょう」

「そんなことできるの?」

 ナターリアではなく、クロヴィスが食いついてきた。

「ある程度の準備とつてがあれば可能だと聞いております」

「つてか」

 ロンディウム博物図書館に関わり深い人、しかもある程度の地位がある人物。

「父上に頼んでみる?」

 ナターリアの声は小さかった。父であるゴールディア伯爵がナターリアとクロヴィスが王宮に足繁く通うのを好ましいとは思っていないのを感じていたから。

 乳兄弟のコンラート殿下のところだけなら、まだ良い。それにゲオルク殿下が絡んでくるとなると。

 父の動向は読み難くなる。


「アーサー義兄上に頼めないかな?」

「アーサー様に?」

 ナターリアはクロヴィスの提案をためらう。


「それは良いお考えです。バイアール公爵家はロンディウム博物図書館の設立時に多大な貢献をなさっておいでです。確か今も理事の一人に名を連ねていらっしゃるはずですわ」

 ためらう原因のひとつであるマデリンが力強く言った。

 バイアール公爵家が、絵画のコレクションを寄贈したのはナターリアも知っていた。しかし、アーサーが理事であることは知らなかった。彼について、ナターリアが知らないことをマデリンが知っている。


「マデリンはバイアール公爵家について詳しいのね」

 そんな言葉が口をついて出た。

「毎年行われる、ロンディウム博物図書館の品評会のカタログに理事の一覧がございますから」

 マデリンは水彩画を能くする。ロンディウム博物図書館の品評会には、欠かさず通っていた。

 ナターリアも十二歳の時からは一緒に行っていたが、カタログまでつぶさに見てはいない。

「クロヴィスも知っていたの?」

 ナターリアは最初にアーサーに相談をしようと提案した弟に問う。

「ええ。本に書いてある文字はすべて読むことにしているので」

 その言葉に、自分と弟とは本当に血が繋がっているのかと少し悩む。

 レディとしては、あまり例がないほど、ナターリアも様々な種類の本を読むが、そこまでの執着は自分にはない。


「ただ、アーサー義兄上だけに相談すると、父上が不機嫌になりそうなのですよね」

 困ったように首をひねるクロヴィス。

「なので姉上は父上に、僕がアーサー義兄上に別々に相談することにしてはどうでしょう」

 ナターリアに意向を尋ねてはいるが、弟の中ではすでに決定事項のようだ。ナターリアも特別反対するいわれはない。

 ただ、そこまでよく考える弟に驚きを感じていた。


 これは、男女の差なのかしら。昔のクロヴィスはもっとおっとりとしていたのだけれど。

 ねえしゃま、ねえしゃまと追いかけてきた幼いクロヴィスを懐かしく思い出すナターリアだった。


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