伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(11)
黄昏ていく街を馬車が走る。
王宮で思いのほか長い時間を過ごしてしまった。
ナターリアの友人を連れて行くことを承諾して頂いたのは良いが、人数は一回、二人まで。
また、向学心が見えない場合は次からは同じ人物を伴わないこととされた。
他の講義では別の人間を連れてくること。
そんな話を煮詰めていくうちに、予定の一時間を越えてしまった。
デビュー済みのナターリアなら問題にもならない時間だが、クロヴィスはまだ子供だ。
現に、今も俯いて眠りだしそうだ。
「嫌だったなら、一緒に講義を受けるのを承諾してから、理由をつけて行かなければ良かったのに」
クロヴィスが不意に話し出す。
眠いわけではなかったらしい。
「そのようなこと思いもしませんでしたわ」
「殿下達の誘いを真っ正面からお断りのしようとするなんて、僕も思いもしなかった」
大人のようにクロヴィスは肩をすくめた。
あまり、似合っていない。
「おまけに新しい風。姉上のご友人を連れてくるとまでお約束して。これでは、姉上は王宮に行くのを断れないですよ」
「それは……。女のわたくしが一人だけゲオルク殿下に近づき過ぎるのは良くないと考えたから」
「おかげで、僕までご令嬢方と付き合わなくてはならなくなった」
自分の友人を侮られたように感じてナターリアは不愉快になった。
「貴方がお忍びなんて無茶なことを言い出したからでしょう」
非難の響きが声に乗る。
「それについては、僕も先走りました。せめて我が家にお招きするくらいならと、話を持っていきたかったのです」
「ゲオルク殿下とコンラート殿下を?」
「はい」
「乳兄弟のコンラート殿下お一人なら可能性はあるけれど、ゲオルク殿下は……」
ナターリアはありえないと左右に首を振った。
「貴方はゲオルク殿下と親しくなりたいの?」
ナターリアの問いにクロヴィスはあっさり頷いた。
「なりたいですよ。臣下としても。個人としても。今日、ご一緒に講義を受けて、知識の広さに驚きました。でも、ゲオルク殿下は今まで他の方とあまり交わりを持たずにきたので」
多くの経験を積んで欲しいのだと、小さいのに王太子に対して少し生意気なことを言う。
「コンラートは第二王子で、体も丈夫だから、たぶん一緒にパブリックスクールへ行けると思います。だから、コンラートは他者と交流が出来るけれど、ゲオルク殿下は王座に登られる方なのにそれが出来ない」
クロヴィスの声は真摯だった。
「だから、ナターリア姉上が友人を連れて行くのは良いことなのだろうけど、それに伴う煩わしさを考えると気が重くなる」
「どういうこと?」
「まったく姉上は。……きっと姉上のお友達が急激に増えるだろうってことです。コンラートは年下だったから、今まで影響は少なかったでしょうけど」
なんとなくクロヴィスの言いたいことが分かった。
今まであまり親交がなかった方がゲオルク殿下目当てに近づいてくると言うこと。
「その方がゲオルク殿下との会話を引き受けてくだされば、私はコンラート殿下とたくさん話せるわ」
喜ばしい限りだ。
もちろん、パリシア語の素養があって、歴史にも興味がある方でなくてはならないけれど。
「姉上はゲオルク殿下があまりお好きではない?」
「嫌いではないのよ。ただ、あまりに美しくて。近づき難いというか。近づきたくないというか。少し離れて見ている分には、まるで芸術品のようで素敵だけれど。お側にいると、なんだか落ち着かない気持ちになる時があるの」
そう、心がざわついて、いたたまれなくなる。
琥珀色の瞳に見つめられるとなんだか不安で。
アーサーにそばにいて欲しくなる。
「それであんなに必死に断っていたんですか」
クロヴィスが呆れた風にため息をついた。
「でも、男と言うものは逃げると追いたくなる、らしいですよ」
クロヴィスは子供らしくなく、したり顔で言い出す。
でも、そんなこと、女のわたくしに解るわけない。