伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(8)
「そういえば、今日はミス・マデリンはご一緒ではないのね」
フロランスがシャトルを動かしながら、珍しそうにナターリアを見た。
「今日はミス・マデリンのお休みの日ですの」
「まあ、直接、お願いしたいことがありましたのに」
残念な様子でフロランスは首を傾けた。
「それはどのような?」
フロランスはマデリンに何を頼みたいのだろう?
「ミス・マデリンの水彩画をジャンブルセールのために二、三枚、譲っていただきたくて」
「それは素敵な案ですわ」
ミフィーユが賛同の声をあげた。グレイシーもにこやかな顔をしている。
マデリンはナターリアのために何枚かの水彩画を描いてくれた。それはナターリアの部屋に飾ってあり、三人はマデリンの腕を良く知っている。
柔らかな色彩とタッチは人を和ませ、惹き付ける。ドラマチックさはないが、いつまでも眺めていたくなる絵だった。
「ナターリア様、ミス・マデリンに頼んでいただける?」
「分かりました。でも、困ったわ。わたくしが欲しくなってしまいそう」
ナターリアが朗らかに請け負うと、グレイシーが
「あら、わたくし達も購入して良いのかしら?」
とフロランスに質問した。
「ええ、構いませんわ。お気にめす物があれば。でも、身内で購入する余裕があるなら、直接寄付をしていただければ、より助かりますわ」
「フロランス様はしっかりなさっていらっしゃいますわね」
グレイシーは感心したようだ。
「孤児達は増え続けていますから。その子らに手を差しのべるのでしたら、必然的にしっかりしなくてはなりません」
「ところで、ストリートチルドレンと言いましたかしら、その子供が裏口に来る人数が多くなったと家の者が言うのをききましたわ。だから、同じ子供は週に一度限りとしたそうですの。可哀想ですが人数を絞らないと際限がなくなるからと母が云っておりました」
ミフィーユが痛ましげに呟く。
路上で暮らし、裕福な家の裏口に回って、パン等を恵んで貰いに来る子供がいる事はナターリアも知識として知っているが、実際に見た事はない。
ゴールディア家の屋敷はロンディウム・ウォールの内側にある。そのような子供は迂闊に近づけないから。
ミフィーユの家は同じ高級住宅でもロンディウム・ウォールの外にあり、また、ミダルトン家は慈善活動で知られている。
だから、恵まれない子供がよく来るのだった。
「ゴールディア家は職業訓練学校を支援してらっしゃるし、我が家ウェインテッド家は病院。ですけれど、こうやって手を動かしての支援はやりがいがございますわね」
「本当に」
グレイシーの言葉にナターリアは深く賛同した。
「ですが、こぼれ落ちてしまう子供もいるのでしょうね」
フロランスは少し沈うつな顔をした。
「そのこぼれ落ちた子供に手を差し伸べることが出来るとよいのですけれど、どうすればできるのかしら」
ナターリアはクロヴィスやコンラートが路上で眠っている姿を想像して身震いをした。
同じ頃、彼女の婚約者、アーサーがこぼれ落ちた子供をどうやって救うのか、議論を闘わせていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
さて、申し訳ございませんが、思うところがあり、しばらくの間、休載をさせていただきます。
第二章の終わりまではすでに書いておりますが、まとめて更新をしたいと思います。
今しばらくお待ちください。