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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(7)

 ウェインテッド伯爵家のドローイングルームでは四人の令嬢がシャトルでレースを編んでいる。


 グレイシーとごく親しい友人ばかりだ。

 招待状は八人の令嬢に出したのだが、後の四人は都合が悪くておいでにならなかった。

 けれど、かえって良かったわとグレイシーは考える。

 来られなかった四人は社交界でも、華やかな方々で、慈善には貴族の義務以上には関心がないようだから。


「また絡まってしまったわ」

 フロランスが今日の何度目かの嘆息をした。

 彼女はジャンブルセール(慈善バザー)を後援なさる伯爵の令嬢で、ウォルターの妹だった。グレイシーと同じ歳である。


 少しせっかちなところがあり、お手は早いが、時々、糸を絡ませてしまうことがある。

「じっとしていて」

 フロランスの隣に座るミダルトン子爵家のミフィーユが絡まっていた糸を外す。

 ミダルトン家のミフィーユ様はレース網が得意で素晴らしい作品を編み上げる。

「もう一時間近く編んでいますもの。わたくしの指も上手く動かなくなってきましたわ」

 ナターリアがシャトルを置いて指を擦った。


「そうですわね。少し休憩をいたしましょうか」

 今日のホスト役のグレイシーは、控えている侍女に視線を投げた。

 意を汲んだ侍女はさっと扉の向こうに消えた。侍女がお茶の用意をしてくるまでしばらくは四人だけだ。


「ナターリア様は王太子殿下とファーストダンスを踊られたのよね」

 まだ、社交界デビュー前のミフィーユがナターリアに話しかける。

「ええ」

「グレイシー様も」

「幸運なことにお声を掛けていただきましたわ」

「わたくしは残念ながらダンスのお相手には選ばれませんでした」

「フロランス様は、殿下が近づくとお兄様の陰に隠れてしまわれるのですもの」

 グレイシーはその様子を思い出して少し笑う。

 フロランスはレディの間では快活だけれど、紳士の前だと緊張するようだ。


「ゲオルク殿下があまりに神々しくて。あんなに麗しい方とは思ってもみませんでしたわ。ナターリア様は何も話してくださらないし」

 わずかに拗ねた声をフロランスは出しだ。

「ナターリア様が王宮での話をあまり話されないのはいつものことですわ。コンラート殿下のお可愛らしさはよく口にされますけれど」

 グレイシーはにこりと笑う。

「そんなにコンラート殿下のことを話しているかしら」

「ええ、ご婚約者のアーサー様よりずっと多く」

 グレイシーは断言した。


「そうかもしれませんわ。だってコンラート殿下は本当にお可愛らしくて、優しいのですもの」

 ナターリアが声のトーンを一段高くした。

「デビュタントの準備でしばらくお会いできなかったのですけれども、その間に“会えないのが寂しいから、貴女の話していたロマンス小説を読みたい”とお手紙が来ましたの。すぐにお返事を書いて何冊か本を送りましたわ。そうしましたら、“面白かったから、感想を話し合いたい。デビュタントが終わったら会いに来て”と、またお手紙をいただきましたの」

「そうして、ナターリア様はコンラート殿下の元へ行かれるわけですのね」

 フロランスが確かめるようにナターリアを見た。

「ええ。いつものようにクロヴィスと一緒に」


「シオドラお姉さまがナターリア様を幸運すぎると仰るのも無理はないわ。素敵なバイアール公爵が婚約者で、その上、両殿下ともお親しいのですもの」

 ミフィーユ様がレースの糸を操りながら言う。

「シオドラ様は今年、ソールズ伯爵家のチャールズ様とご結婚なされたのではありませんか」

 グレイシーは優しくミフィーユに話す。


「ええ。良き縁を結ぶことができましたわ。でも、おかげでわたくしの社交界デビューが遅れましたの。わたくしも皆様と一緒にデビューを出来ると思っていましたのに」


 ミフィーユの姉であるシオドラは長くパリシアに留学していたチャールズとこの春に結婚した。

 結婚の支度とデビュタントの支度を同時にするのはスケジュール的に難しかったのだ。

 しかし、ミフィーユは、ナターリアと同じ歳とは言っても半年以上も生まれたのが遅い。

 来年のデビュタントが穏当でもあった。


「ゲオルク殿下は来年もデビュタントにご臨席なさいますから」

 ナターリアがミフィーユを慰める。

「それはそうなのですけれど。皆様と一年間は一緒の夜会には招かれないのですもの」

 淋しそうに呟くミフィーユに三人は絆された。


「午前中の散歩やお茶会、ピクニックならご一緒できますわ」

 フロランスが言う。

「ええ、こうして、またレースや刺繍を一緒にしても良いし」

 グレイシーがミフィーユの顔を覗き込む。

「友人を招いての小さな音楽会を開くのも楽しいのではないかしら?」

 ナターリアが提案すると、ミフィーユはぱっと顔を明るくした。

「わたくし、バイアール公爵のリュートをお聞きしたいですわ」

  ナターリアの目が一瞬、空中をさ迷った。

 期待を込めた目をしているのはミフィーユだけでなく、後の二人もだった。


「お願いしてみますわ。でも、アーサー様はお忙しい方ですので、必ずとはお約束は出来きません……」


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