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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(3)

 舞踏室で白い花がそこここに飾られていた。

 薔薇が多いが薔薇だけではない。

 カルミラやプリムラがそっと活けてある。


 そして、会場の花たる令嬢達は白一色だった謁見の時と違い、装飾品で少しばかり色を添えていた。


 ナターリアは父であるエドモント・ゴールディア伯爵に腕を預けてゆったりとした足取りで会場を回る。


 伯爵の既知の貴族達が軽い礼をしてくれる。


 王族方がお出ましになるのを待つため、今日の主役である若者達は行儀良く並んでいた。


「ヘンリック陛下、マルグリッテ王妃殿下、ならびにゲオルク殿下のおなりにございます」

 侍従の一人が声高に先触れを告げた。


 貴族達は前を通り過ぎる陛下達に次々に礼をしていく。


 お三方が臣下達に向き合うとヘンリック陛下がおもむろにスピーチを始めた。


「この良き日に、我が宮殿に新たに成人したそなたらを迎えたことを喜ばしく思う。思えば我が祖父は海を隔てたブランシュバイツに生を受けたが、神の恩寵を持って、このアルゲリアの王座に導かれた。


 そして今は祖父ゲオルク一世王、父のルドルフ前王、共にこの国、天使に守られしセント・ブリトーンの大地に抱かれて眠っている。この場にはブリトーンで血脈を繋いで来た者、大陸から余と共に渡って来た者の双方が列席している。

 両者共に我が大切な臣である。


 今、時代は揺れておる。海峡を隔てし隣国、パリシアでは神より政を司る責務を与えられた気高き人々が、保護を与えている自らの民に非難され続けている。かの国では身分間の睨み合いが続いている。


 幸いにして今だその火種は我が王国に飛び火はしておらぬが、民を導く責務を誠実に行い、我と共にアルゲリアの繁栄を磐石にすべく忠勤に励むよう心得よ。


 さすれば余はもちろん、今日、そなたらと共に成人となった我が息子ゲオルクもその忠勤に報いよう」

 ヘンリック陛下は室内を見渡した。会場にいる貴族らが礼を行うと満足げに頷く。


「前途ある若き諸君、汝らの未来に幸いあれ。楽士、さあ、音楽を!」

 ヘンリック陛下は機嫌の良い張りのある声でスピーチを締めくくり、舞踏会が開始された。



 王の傍らに起立していた王太子がしなやかな足取りでナターリアの前に歩み寄る。

「踊っていただけますか?レディ」

 差し出される手に事情を知らない回りの令息や令嬢が息を飲む。


 ナターリアは手筈通りに相手に手を委ねる。

 二人で滑るようにパヴァーヌを踊り始めると、アーサーからの贈り物が耳元でかすかに揺れた。


 アーサーの贈り物は黒真珠を使ったイヤリングだった。

 白い真珠がピーコックグリーンの深い色合の黒真珠を引き立てる。


 アーサー自身もクラヴァットを止めるピンに黒真珠を使っている。


 黒みを帯びた緑の真珠は、影の内にいるアーサーの瞳を思わせる。

 それはナターリアの隣に立つのは王太子ではなく、本来はアーサーであるとさりげなく回りに主張する。

 王太子が結ばれる相手は彼女ではないと、貴族達に知らしめるために。


 次々に今日の主役である令息令嬢がパートナーと踊り始めた。


 荘重な音楽に合わせてゆっくりと動くパヴァーヌはかつてこの国にゴールデンエイジと呼ばれる繁栄をもたらしたジェーン・グレイ女王が愛したダンスだ。

 動きの少ないこのダンスはデビュタントで緊張している体をゆっくりと解きほぐしてくれた。


 曲が終わり、ゲオルク殿下とのファーストダンスを終える。ナターリアはお役御免とゲオルク殿下から離れようとした。


「もう一曲」

 ゲオルク殿下はもう一度ナターリアの手を取り、再び曲が流れるのを待った。


 二人の回りに小さなざわめきが広がる。


 やはり、薔薇園で。

 ええ、王妃殿下もご一緒に。


 そんな囁きが聞こえるようだ。

 しかし、ゲオルク殿下は周囲の反応など知らぬげに泰然としていた。

 そんなゲオルク殿下に人々は口を(つぐ)む。


 三拍子のワルツが流れ。

 二人は再び踊り出した。



「貴女は軽やかに踊る」

 ゲオルク殿下がナターリアのダンスを誉めてくれる。

「殿下のリードがお上手だからです」

 ゲオルク殿下はダンス教師に比べれば、いささか動きが固かったが、十分に上手いリードだった。


 王の薔薇園で会った時も、今回も「病弱」なと喧伝されていた彼の印象を覆させる。


 三拍子に乗ってステップを踏む。

 手を取り、また離れて、腰をホールドされて回転する。


「お血筋かしら」

 離れてステップを踏みながら、ナターリアは口の中だけで呟く。


 ワルツはゲオルク殿下と同じ名前を持つ曾祖父、ブランシュバイツのゲオルク一世陛下がもたらしたものだ。

 それ以前から大陸の宮廷ではワルツは宮廷舞曲に取り入れられて、人気となっていた。

 しかし、男性が女性を抱くようにして踊るワルツを、不謹慎だという理由で、この国では長らく倦厭されていた。


 それを変えたのがゲオルク一世陛下と王妃であるアデレード様である。


 ゲオルク一世陛下は数奇な運命を持つ。

 我が国の前の王朝の血を引くエリザベス様を母に持っていたが、彼女は夫のルードヴィヒ選帝侯に長い間幽閉されていた。

 ルードヴィヒ選帝侯は、ゲオルク一世陛下を廃嫡する寸前だったが、ゲオルク一世陛下がアンゲリアの後継者となったためそれを断念した。

 王座に登ったゲオルク一世陛下は母であるエリザベス様を幽閉から解放したが、既に体が弱っていた彼女は王の戴冠式後、僅か二年あまりで神の御手に還った。


 気落ちするゲオルク一世陛下に嫁いできたのが神聖ラーム帝位を有するエテシヨン家のアデレード様だった。

 持ち前の明るい気質で乗馬やダンスを好む活発な彼女は、夫の気鬱を晴らした。

 自国で生まれたワルツを好み、舞踏会でなくても、王とよく踊っていたという。



 一瞬過去に思いをはせるナターリアをゲオルク殿下が手を掴み引き寄せる。

 ナターリアは少しバランスを崩して相手により密着する形になってしまう。

 離れようとするナターリアの動きを許さずゲオルク殿下はそのまま踊り続けた。


 紳士と淑女の適切な距離より近いのでは?

 内心、彼女は狼狽える。けれど微笑は絶やさない。


 さらにホールドを強くするゲオルク殿下。

 しかし、クリノリンがそれを阻んだ。


 ナターリアは母とマデリンにもう一度感謝を送った。



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