伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(1)
王への謁見からデビュタントは始まる。
付き添いはもちろんマデリンだ。
共に王宮に来た家族と別れてマデリンと王宮の大階段に向かった。
同じく今日デビューする令息や令嬢が敷き詰められた赤い絨毯の上をゆっくりと登っていく。
令息には付き添いはいない。
今年デビューする令息令嬢はいつもの年より多いらしい。
ゲオルク殿下がデビューするからだ。
階段を上がる彼らの中には、クロヴィスとさほど歳の変わらない方もいた。
玉座の間と控えの間が連なっている謁見の大広間。
白いドレスと黒のフロックコートが控えの間で、左右に別れる。
普段は閉ざされている控えの間と玉座の間を隔てる大扉は開け放たれている。玉座に座るヘンリック陛下と王妃殿下、ずらりと並ぶ廷臣達が目に入る。
今日は王太子であるゲオルク殿下のデビューの日でもあるため、名だたる廷臣達も勢揃いをしていた。
筆頭公爵であるアーサーの姿もそこにはあった。
ゲオルク殿下がいらっしゃる。
王太子である彼は控えの間ではなく、玉座近くで待機をするらしい。
マルグリッテ王妃殿下は玉座がある台のやや後ろ、一段低い位置におかれた椅子に腰を掛けていた。
玉座の向こうのステンドグラスから光が差し込む。天井近くにある天使の彫像がナターリア達を見守ってくれていた。
かつて、旧教から今の国教へと移行する際、旧教時代に創られたこのステンドグラスと天使像を壊そうという話が持ち上がったという。
しかし、時のジェーン・グレイ女王が「美しさに罪無し」と破壊を差し止めたと云う逸話がある。
黄金で飾られた中央の玉座には宝冠を戴くヘンリック陛下が座しておられた。
宝冠には大きな紅い宝石、ハート・オブ・レオン。
それを中心にダイアモンドが散りばめられ、まばゆく輝いている。
ヘンリック陛下の顔は威厳と共に慈しみがあり、国の父という称号そのもの。
宮宰、レイモン・ビヨンヌ伯爵が杓で二度床を突いた。
一人、また一人と近習が貴族の若者達の家名と名前を呼ぶ。
ああ、あれは ウェインテッド伯爵令嬢のグレイシー 様。膨らんだ袖の愛らしいドレスを着ていた。
13歳になったばかりのサザランク公爵家のジャステン様が声変わり前の高い声で王に誓いを述べる。
「ゴールディア伯爵家、レディ・ナターリア」
とうとうナターリアの名前が告げられた。
緊張が背筋を走る。背筋を伸ばして堂々と。
マデリンから離れて一人でヘンリック陛下の前に。
父母や、離宮での女官、そしてマデリンの教え通りの姿勢で足を運ぶ。
けれど。
どことなく足が覚束ない。
クリノリンを使ったドレスで良かった。
ナターリアは勧めてくれたケイトリンとマデリンに感謝した。
広がりの少ない、スッキリしたラインのクリノリンは足元に空間を作り出し、裾捌きに気を使わないですむ。
母とマデリンはこうしたことも考慮してクリノリンを使ったドレスを勧めてくれたのに違いない。
ヘンリック陛下の御前に立ち、ナターリアは静な、けれどはっきりした声で告げる。
「祖国よ、我は誓います。汝に愛を捧げ、誠実であらんことを」
祖国への忠誠の言葉。
ナターリアは膝を折り、淑女の礼をした。
言い終えた安心から、花がほころぶような笑みを浮かべ。
王と王妃をはじめ、いならぶ廷臣達が一瞬、その笑みに惹かれて、自分達も微笑んでいた。
ナターリアはそれには気がつかず、玉座の間の後方へ下がり、次に御前に進む令嬢を見守った。
謁見の最後を飾るのは、ゲオルク殿下だった。
毎年、位の一番高いものが最後に誓いの言葉を述べるのが慣例だから。
彼は一人、古式ゆかしい形の長めのコートを身につけていた。
黒地を彩る金と銀の刺繍が、襟や袖口と裾に控えめに刺してある。
堂々とした足取りで彼は王の前に進む。
立ち止まり、膝を床に付く。
この古式に乗っ取った作法を行ったのは彼一人だった。他の令息達は、手を胸に当てる礼をしていた。
「祖国よ、我は誓う。汝に愛を捧げ、誠実であらんことを」
膝を付いたままの姿勢でゲオルク殿下は誓言を発した。
ヘンリック陛下が祖国を体現して答える。
「我は誓いを受け、汝が誠実であるかぎり、人民に惜しみ無き愛を注がん」
ゲオルク殿下が一度、深く頭を垂れてから立ち上がる。
王妃殿下の誇らしげな顔はいつもより美しく、母としての情を一同に感じさせた。
陛下と王妃殿下は息子とその他の若者達に視線を巡らせてから、退出した。
両陛下の姿が見えなくなると、ゲオルク殿下が踵を返して入り口に向かう。
儀式を終えた令息令嬢も後に続いた。
ナターリア達を従えて退出する彼は、アンゲリアの守護天使さながらだった。




