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伯爵令嬢の人格形成はロマンス小説と共に(28)

 その翌日、アーサーは日参していたナターリアの屋敷には向かわず、行きつけのコーヒー・ハウスに足を運んだ。


 顔見知りの男達がアーサーを自席に誘ったが、彼はそれを全て断った。


 以前は王都のいたるところに有ったコーヒー・ハウスだが、アンゲリアの人々はお茶を好んで飲むようになり、最近はかなり数を減らしている。


 金を払えば身分に関わらず誰でも利用できるコーヒー・ハウスは商取引の場にも政治議論の場にも、文化芸術を育む場にもなった。


 そのため、時の王達はたびたびコーヒー・ハウスを規制する動きをみせたが、コーヒー・ハウスは失くならなかった。


 しかし、最近は身分差で出入りが決まるクラブが隆盛していた。

 身分低い者はパブへと流れている。


 アーサーはクラブにも行くが、気楽なコーヒー・ハウスを好んで利用していた。

 最近は貴族の客が少なくなったのもその要因だ。

 儀礼の有効性は認めるが、あまりに杓子定規だと息が詰まりそうになる。


 アーサーは昨日の出来事を振り返った。


 アーサーのリュートの演奏はビヨンヌ伯爵の王家への点数稼ぎであり、バイアール公爵家と言えど王家(宮宰)の意向に従うと言うことを示したかったに違いない。


 コンラートの事を思ってリュートを弾いたが、あの後にあんな展開になろうとは。


「アーサー、暗い顔をして。男前が台無しだぞ」

「オースティンか」

 彼はオックスブリッジ時代からの友人であるバーリー・オースティン・ロッドウェルを見上げた。

 金茶の髪を丁寧に撫で付け、片目にモノクルをしている。


 学生時代から何かと張り合ってきた相手であり、いくつかの恋の鞘当てを演じたこともある。


 勝率は7対3と言ったところ。


「女だな」


 許しもしないのにオースティンはアーサーのテーブルに同席した。


「また、どこぞの美人と懇ろになったか」

「まさか。最近の私は品行方正だよ」

「ラムラスから来たオペラ歌手の楽屋に招待されたと聞いたけどな」

「彼女の声は素晴らしかったからね。感動して花を贈ったからそのお礼だ」

「どうだか」

 探るようにオースティンはアーサーを眺め回した。アーサーはあいまいな微笑を浮かべた。

「最近、知的な美女とよく会っているとも聞いたけど?」

「それは仕事絡み」

 オースティンは給仕にコイン投げて、コーヒーを注文した。彼は時々ぞんざいな振る舞いをすることがある。


 それからオースティンは声をひそめて言った。

「じゃあ、婚約者が王太子に見初められたってのは?」


 アーサーは鋭い視線を相手に投げ掛けた。

「どこからそんな話が?」

 昨日の今日だ。噂の足は速いとは良く言われるが、人為的なものを彼は感じた。



 しかし、ナターリアとゲオルク殿下を近付けて何の利がある?

 彼女は自分の婚約者だと言うのに。


 デビュタントの舞踏会でのファーストダンスの相手がナターリアなのは社交に慣れない王太子への配慮であり、自らの娘達を売り込む貴族への牽制だと思って反対しなかった。

 王家や貴族の結婚は政略で決められることが多いが、近頃はお互いが想い合ってというケースもままあるようになった。


 もっとも、社交会内での出逢いの中での話で、身分の釣り合いは大抵が取れていたが。


 昨日のゲオルク殿下はかなりの存在感を示しており、今までの影の薄い王太子という風評からかけ離れていた。


「ナターリア嬢は可憐な美少女だからな。年頃の王太子が惹かれるのも無理はない。お二人は年齢的に釣り合いも良い」

 オースティンは二人のロマンスを肯定するような事を口にする。

「仮にも私が婚約者だ。軽々しい発言はやめていただこう」

「仮だろう?婚約破棄が前提だとか云ってなかったか?」


 だから、お前も女性とお近づきになってたよな?


 オースティンが言外に言う。さらに口に出して。


「ゴールディア家は国で有数の旧家だ。実際、お似合いじゃないか」


 アンゲリアの黄金の血。

 ラーム帝国がまだ存在していた頃、上王(ゴッドネス)と呼ばれた王家がブリトーンとパリシアの一部を支配していた。その直系は絶えたが、ゴールディア家はその傍系である。


 その血を欲しているのだったら?


 大陸から連れてこられた現王家は歴代の内閣、政治に強い影響を及ぼさない存在だった。

 しかし、同じゲオルクでも今の殿下は生まれも育ちもセント・ブリトーンだ。

  統治を望んでもおかしくはない。


 この時代に王権の強化を望むか。

 いや、この時代だからこそか。


 王家の、いや、宮宰の思惑に疑念が募る。


「ますます暗い顔をして。まさかさんざん妹みたいな存在だと云っていたナターリア嬢に実は本気で惚れてたのか?」


 オースティンはここぞとばかりにからかう。


 アーサーはそれに真剣な面持ちで答えた。

「そうだな。どうやら手離してはいけないと思い始めた」


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