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伯爵令嬢の人格形成はロマンス小説と共に(27)

 なかなか追いついてこないナターリア(とゲオルク殿下)に焦れたのか、コンラートが貴婦人達の囲いを振り切って二人の元に駆け寄ってきた。


「ゲオルク兄上!」

 コンラートはゲオルク殿下に抱きついた。

 勢いがあったのでゲオルク殿下のエスコートした腕がナターリアから離れた。


いつもお行儀がいいコンラートがこんなことをするなんて。

王妃殿下とゲオルク殿下と一緒にいるこの状況がよほど嬉しいのに違いない。


 彼女は一歩、ゲオルク殿下と距離をおいた。

 滑り込むような形でコンラートが二人の間に入る。

 コンラートがナターリアの右手を握った。そしてゲオルク殿下を伺う素振りで顔をあげる。


 ゲオルク殿下の表情はよく解らない。


「兄上」

「ゲオルク殿下?」

 コンラートとナターリアがほぼ同時に彼を呼ぶ。

 彼はひとつ息を吐いた。

「妖精のお願いには逆らえないね」

 ゲオルク殿下がコンラートの手を取って繋ぐ。

「ありがとう。うれしいです。ゲオルク兄上」

 満面の笑みをコンラートは二人に振り撒いた。

 最高に愛らしい。

 その笑顔とゲオルク殿下がコンラートを受け入れたことにナターリアは嬉しくなってしまう。


「兄上はナターリアと何を話してたの?」

「花のことだよ」

「薔薇は綺麗だものね。ゲオルク兄上とナターリアはどの薔薇が好き?」

「私はどの薔薇も好ましく思う」

 分け隔てない回答をゲオルク殿下がした。

「けれど、レディ・ナターリアは手入れされた薔薇より野辺の花をお好みのようだ」

「そうなの?初めて知った」

「レディ・ナターリアと一緒にいると、お互い初めて知ることばかりになりそうだな」

 ゲオルク殿下は冗談を言うような口調だった。顔は相変わらず無表情に近いけれど。

「ゲオルク兄上もナターリアもとても楽しかったみたいだね」

 声を弾ませるコンラートにナターリアは優しく声をかける。


「コンラート殿下も皆様と一緒で楽しかったでしょう?」

 王妃殿下ともいつもより話せたようですし。とナターリアは心の中で続けた。

「うん、みんなで薔薇の花に妖精が隠れていないか探していたんだよ」

 子供の無邪気さは大人も童心に還らせる。楽しげだった回りの貴婦人達。

 ナターリアは自分もデビュタント前だと言うのに、そんな風に思った。


「まるで親子のようではなくって」

 不意に、王妃殿下が声をあげた。


 前の一団が立ち止まってこちらを見ていた。

「親子と言うよりは兄弟でしょう」

 アーサーが王妃殿下に顔を向けて応じる。しっとりとした大人の仕草で王妃殿下が意味ありげにアーサーに視線を走らせた。


「我が婚約者はコンラート殿下の乳兄弟ですから」

「そうだったわね。そして小さな賢者さんもいずれは貴方の義弟(おとうと)ね。コンラートの乳兄弟でなかったら、ゲオルクの小姓にしたいところだけれど」

 王妃殿下がクロヴィスに笑いかけた。その顔は大輪の薔薇さながら。

 クロヴィスがぽぅと見とれる。

「王妃殿下、幼子に戯れ言をおっしゃいますな」

 ビヨンヌ伯爵が首を振って王妃殿下を(たしな)める。


「冗談ではなくてよ。ねえ、ゲオルク、貴方はどう思って。賢く見目の良い小姓が欲しくはなくて?」

 追いついたゲオルク殿下に王妃殿下は話しかけた。

 ゲオルク殿下はふっと息を洩らす。


「私に仕える者の数は今でも十分過ぎるくらいですよ、母上」

「そうかしら」

「それに私の気質は母上が一番ご存知でしょう?」

 ゲオルク殿下の発言に王妃殿下とビヨンヌ伯爵の視線が交わった。


「そうですな。王宮の奥向きを任せて頂いている私の立場からしても、今のところ増員は要らないと申し上げます」

「そうね。私のゲオルクは繊細なところがありますものね」


 二人の言葉にナターリアは胸を撫で下ろした。

 話の流れではクロヴィスがゲオルク殿下の小姓に召し上げられたかもしれない。


 殿下は良く知らないクロヴィスが自分の回りに侍るのを好ましく思わなかったのだろう。


 でも、そのおかげで回避できた。ナターリアの家族はクロヴィスと離れずに済んだのだ。

 ナターリアは感謝の視線をゲオルク殿下に贈る。と言っても彼には伝わらないと思うけれど。


「そろそろ散策の時間も終わりだね。バイアール公爵、貴方の婚約者をお返ししよう」

 ゲオルク殿下がナターリアの手を離して、彼女の腰に手を回すとアーサーへ向かって誘導する。


「ナターリアをエスコートしていただき、ありがとうございます」

 ナターリアの手を取ったアーサーが言った。

「礼には及ばないよ。なかなか有意義な時間だったから。コンラートも楽しんでいたしね」

 名前を出されたコンラートがコクリと頷いた。


「そう言って頂けて光栄ですわ。わたくしもこのような時間を持つこと出来て、生涯の思い出となります」

 こんなことは二度とないと言う意味を込めてナターリアは微笑む。


「また、一緒に歩きたいな」

 コンラートは無邪気だ。


 しかし、コンラートを挟んでゲオルク殿下と三人で手を繋いで散策することなど、もうあり得ない。


 クロヴィスとコンラートと三人でなら、あと一年くらいはあるかもしれないけれど。


 ナターリアとゲオルク殿下はもうすぐ社交界へ正式にデビューする。


 大人になるのだ。


 そして、コンラートも二年もたてば13歳。子供とは言えなくなる。


 姉の手は要らなくなるだろう。

 ナターリアはやや感傷的にその日を思う。


「ナターリア?」

 コンラートが返事をしない彼女を不安そうに見た。ナターリアは安心させるために首を縦に振った。


「では、母上」

 エスコート役のいなくなったマルグリッテ王妃殿下に優雅に腕を貸してゲオルク殿下が歩み始める。


 コンラートとクロヴィスはお互いに手を繋ぐ。


 アーサーが無言のまま、ナターリアをそっと引き寄せた。



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