伯爵令嬢の人格形成はロマンス小説と共に(24)
「ありがとう、ナターリア」
ビヨンヌ伯爵が出ていくと、コンラートがナターリアに抱きついてきた。
「私からも礼を言おう。ありがとう、ナターリア」
アーサーが微笑を浮かべて礼を口にした。
「クロヴィスの最初の言葉があらばこそです」
ナターリアは口火を切ってくれた弟を顧みる。
クロヴィスは聡い。
大人顔負けのことをたびたび言い出すのを姉であるナターリアは良く知っていた。
弟はナターリアがビヨンヌ伯爵に示した方便のおおよそを頭に描いて声をあげたのだ。
「ああ、そうだね。クロヴィスもありがとう」
コンラートがナターリアから離れた。
アーサーもクロヴィスに視線を送る。
「確かにね。クロヴィスのおかげで、楽師よろしく扱われるのを免れた。感謝する」
つまりは、そういうことなのだ。
ビヨンヌ伯爵はバイアール公爵に言うことを聞かせられると回りに示すために、陛下達の御前での演奏を提案した。
アーサーがビヨンヌ伯爵の申し出を素直に受けることは宮宰に膝を屈すると言うこと。
バイアール公爵の立場を考えれば、到底、受け入れられるものではない。
しかし、強硬に退ければ陛下達への不敬と喧伝されるだろう。
もちろん、アーサーだとて幾つかの腹案はあったろう。
しかし、ナターリアの、あるいはクロヴィスの嘆願という形ならば角が立たない。
「ありがとう、クロヴィス」
ナターリアは弟を抱きしめて彼にだけ聞こえる声でささやいた。
「あなたの手柄を取ってしまって、ごめんなさい」
クロヴィスもささやき返した。
「姉さまが言ったほうが効果的ですよ。僕では取り合ってもらえなかったでしょう」
体を離して二人は目を合わせた。
「僕はアーサー義兄上のリュートを聞きたかっただけです」
クロヴィスは照れたように笑った。