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伯爵令嬢の人格形成はロマンス小説と共に(11)

 フェリシアが部屋から出ていくと、メアリーアンとセイラがナターリアの旅装を解いた。


 二人は盥のお湯を使ってナターリアの体を拭いてゆく。


 さっぱりとしたところで、新しい夏のデイドレスを身につけた。

 白いオーガージーを重ねたスカートは軽くてふんわりとスカートが広がっていた。

 少し膨らんだ袖と胴には紫紺の刺繍が入っていた。


 今している髪飾りのために誂えたようなドレスだった。

「ペンダントはいかがいたしましょう」

 セイラがレディースメイドのアンに訊いた。主の服装について進言をするのは、女主人の宝飾品を管理する上級使用人であるレディースメイドの役割でもある。

「胸の刺繍と重なりますから、必要ないと存じますが」

 メアリーアンはナターリアにお伺いを立てた。


 婚約者の母である大公夫人から贈られたペンダント。髪飾りとおそろいなら、多少、無理があってもつけるほうが良いかもしれない。


 それに、この美しい石を身に着けてみたい。


「ネックレスの部分を短くすることはできて?胸ではなく首元に飾りたいの」


「鎖ではなく、細めのリボンを使うことにいたしましょう」

 メアリーアンは即座に提案した。

 荷物の中から白いリボンが取り出されて、鎖と取り換えられる。


 メアリーアンの細い指がナターリアの首の後ろでリボンを結ぶ。首に収まった青紫の宝石がナターリアの白い肌を引き立てた。


「よくお似合いですわ」

 メアリーアンが蜂蜜の入っている小さな容器を手にした。

「少し口をあけてくださいませ」

 言われたとおりにナターリアは唇を薄く開いた。

 メアリーアンが筆で蜂蜜を塗ってくれた。唇をつやつやにするために。

「くれぐれもお舐めにならないでくださいませ」

 いつもの注意がメアリーアンからとんだ。

「紅茶を飲んだら、取れてしまうのに」

「それでもですわ」

 ナターリアはメアリーアンに優しく睨まれた。


 扉がノックされた。

「どうぞ」とナターリアが応えるとセイラが部屋の外の来訪者のために扉を開いた。


「支度はできたかな」

 アーサーも旅行用の服から着替えている。

 一見黒に見えるほどの濃い灰色のフロックコート。襟足にかかる長めの髪は、今日は結んでいない。


「この島には小さな妖精姫がいたんだね」

 差し出される手にナターリアは自分の手をおいた。

 この数日、すっかり慣れたアーサーの手。大きく力強い手はナターリアの倍以上ある。




「この髪飾りとペンダントは母から?」

「そうですわ」

 二人で階下に降りる。応接室でカルプ大公が二人を待っている。


「先を越されてしまったな。わが家から婚約者に贈るジュエリーは私が一番に贈りたかったのに」

「この宝石だけで十分ですわ」


「母からの贈り物は受け取るのに私の贈り物はいらないの?」

「アーサー様からは、すでに二つの素敵な贈り物を受け取っておりますもの」


「薔薇のほかに何も贈った覚えはないけれど」

「婚約破棄後の真実の愛ですわ」

 生き生きと答えるナターリアにアーサーは少し眩しいような目を向けた。



 にこやかにほほ笑むフェリシアの隣にやや厳しいまなざしをしたカプル大公ウォレスがいた。

 何度か会っているが、子供のナターリアはカプル大公とは挨拶をしたに留まる。

 病気を得てからは一度も会っていない。


 おやつれになっていますわ


 少し土気色の肌は、彼が完全に回復していないことを物語っているようだ。


「お久しぶりです。父上、本日は私が幸運にも得ることができました婚約者を紹介いたします。すでにご存じのゴールディア伯爵のご令嬢です」

 アーサーの口上が終わると、ナターリアは少し前にでた。


「カプル大公様。お久しゅうございます」

 ナターリアは腰を落として、最大級の淑女の礼を取り、また下がってアーサの隣に立った。

 マデリンに叩き込まれた礼儀作法は、幼いながらも完璧だった。


「ナターリア、そんな堅苦しい呼び方ではなく、ウォレスもお義父様と呼んであげて?」

 ウォレスの隣に座るフェリシアが軽やかに言った。


 ナターリアがウォレスを伺うと

「よい。許す。二人とも座りなさい」

 義父と呼ぶことを許したのか、座ることを許したのかナターリアは判断しかねたが、試しにナターリアは言った。

「ありがとうございます。お義父さま」

 緊張のためか、少したどたどしくなるが、それが八歳の少女らしく愛らしかった。


 涼風が吹くように応接間の空気を変えていく。


「話は、いろいろと聞いてはいる」

 ぴゃと、ナターリアの心が跳ねた。ウォレスのおじ様は反対なさっている?


「先日も馬鹿な真似をしたそうだな、アーサー」

 いろいろというのは、どうやらアーサー様のことだったらしい。ナターリーアは胸をなでおろしたが、アーサーのいろいろが気になった。


「病を患っても父上の目は遠くまで見えているようで安心しました」

「病身の私にお見舞いの手紙をくださる人は多いからな」

 アーサーは軽く肩をすくめてみせた。


「世の中には親切な方が多い。これは喜ぶべきことです。同じように私たちの婚約も親切な方が先にお知らせしてくれているようですね」

「もちろんだ」

 ウォレスは重々しく頷いた。

「で、この婚約に賛成していただけますか?もっとも反対しても、真実の愛のために婚約は続けますが」


「婚約についての判断は私のすることではないな」

「おや、父上も随分と柔軟になりましたね。この島の気候は心にも効くらしい」

「無駄口を叩くな。判断は、ナターリアにゆだねられている。……さて、ナターリア、貴女はこのろくでもない息子と仮だとしても本当に婚約をしていいのかね?」

 ウォレスの薄青い瞳がナターリアをひたと見つめた。


「望むところですわ」

 ナターリアのいきおいのいい答えに、大人たちはまじまじと彼女を見つめた。アーサーもだ。


 なにか、言い方を間違っていたかしら。にわかにナターリアは不安になった。

 彼女は隣にいるアーサーをちらりと見上げた。

「ということです。父上。何か問題は?」

「ないな」

 ウォレスは短く答えた。


「ありがとうございます、父上。ナターリア、父上のお許しもでたことだし、夕食まで庭でも散歩しよう」

 アーサーは先に立ち上がると、ナターリアに手を差し伸べる。

「あらためておめでとう。マイ・サン、そして新しいマイ・ドゥーター」

 フェリシアが優しく祝福をしてくれた。


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