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伯爵令嬢の婚約破棄は教会の鐘と共に(18)

「しかし、何故、そのような話をわざわざ私に?」


 ウィリアムは海の上にいる時のように乱暴に髪をかきあげた。

 バイアール公爵家の元使用人のジョンソンの提案は確かに興味深いが、海軍に在籍する彼には関係がない。

「ジョンソンの夢は大きくてね。初めは他所から仕入れをするが、ゆくゆくは、国外の品々を自分達で仕入れていきたいということだ。そのためには、さまざまな地域の品々の情報が、しかも正確な情報が欲しいらしい」

 バイアール公爵の緑の瞳がウィリアムの視線を捕らえた。

「船を、ジョンソンの創る商会は遅くとも三年後には、世界を廻る貿易船を所有させるつもりだ。そして、船には船長をはじめとする乗組員が必要だ。万が一の場合、海賊を退ける戦闘もこなせる乗組員が。もし、君が興味があるなら、君を幹部として迎えてもいい」


 "ても、いい"

 傲慢な言い方だ。バイアール公爵という身分からすれば、当たり前な言い様なのかもしれないが、ウィリアムはそれを当たり前とは感じない。しかも。

「幹部。船長(キャプテン)ではなく」

 三年後なら、三等艦の海尉くらいにはなれるはずた。五年後なら、大佐として五等か六等の艦長を担う自信はある。


「今の時点では、君をキャプテンとするには、実績がないからね」

 からかうようにバイアール公爵は笑った。

 魅力的な笑顔である。女達が騒ぐのがよく分かる。

 しかし、ウィリアムは女ではない。

「貴方の提案に乗るなら、実績を上げろと」

「軍事的な実績は重要視しない。商品になる物の情報を集める手腕は必要だけれど」

「つまり、赴任した先での情報を集めろと言うことですか」


「しかし、艦を新造するには時間も金もかかるはずですが」

 外洋を周るに足る、砲艦を造る造船所の予定は一杯のはずだ。

 令嬢達の行動に刺激を受けての話ということならば、これから造船の計画を政府に届け出る事を考えると、三年では間に合いそうもない。


「父のカルプ大公領はアンゲリアの南にある島で、我が国で唯一公認の海軍を含む私兵団を持っている。近々、三等艦が払い下げられられ、三等艦、五等艦、六等艦二隻となる海軍を、ね」


 封建制が崩壊し、貴族達が軍を保つ時代は終わった。

 貴族達は、王権を制限する憲章を手に入れ、軍事力で王を変える時代から、議員として国政を担い、議会で弁論という刃を交える時代になって。金がかかる私兵を持つ貴族は次々に消え、国の軍事力は王立海軍(ロイヤル・ネイビー)王国陸軍(アンゲリア・アミー)が担うようになって久しい。

 現在、私兵団を持つのは、カレドニアのスコット朝の流れを掴むマレー公爵とカルプ大公のみ。

 マレー公爵のハイストライダーと呼ばれる私兵は騎馬兵を中心とした陸軍だけ。

 六十年前は、カレドニアの国防を左右する規模だったハイストランダー。

 だが、現在のブランシュバイツ王家と王位を争ったプリンス・チャーミングと呼ばれたのエドワード・スコットの内乱で、エドワード側にハイストランダーの部隊の一部が加担したため、内乱鎮圧後、規模は大幅に削減された。


 すなわち、現在のアンゲリアで王国軍に次ぐ兵力を持っているのが、カルプ大公家と言える。

 いや、ほとんど形骸化したとは言え、軍務伯を世襲するバイアール公爵家は名実共にアンゲリアの軍事力の頂点にいる。


「六等艦は、軍艦として働かせるには、規模が小さい。現在、新造予定の五等艦、四等艦が出来上がりしだい、民間に払い下げる予定だ」

 バイアール公爵はさらりと重要な情報をウィリアムに開示した。


 ジョンソン氏が貿易に手を出し、バイアール公爵家が後援することは、以前から計画されていたに違いない。

 それを令嬢達の計画に絡めて推進するのは、世間に対して良い口実、宣伝になる。


 やはり、バイアール公爵は策士だな。

 ウィリアムは妹に言った台詞を胸の中で繰り返した。


 顧みれば、招待客の選定一つにしても。

 今は内務卿だが、外交官として名を馳せた人物であるタジネット卿。

 フレミア侯爵は、軍人として海外に赴任していた。


 平民の招待客は、二つ。

 保険引き受け業者アンダーライターのカーランドと独立後、規模は縮小したとはいえ、新大陸と繋がりの深い商売をしているアーチボルト家。


 そう考えれば、一つの糸に繋がっている。


 ウィリアム本人は、バイアール公爵が意図した招待客では無いかもしれないが。

 カーランド家のレイチェルに構うことで、バイアール公爵の目に止まったということか。


「こう言っては何だが、君は軍隊には向いていない。いや、軍隊には収まりきれない人物だと、私は感じた」


 だから。

 とバイアール公爵は続けた。


 ウィリアムは、相手の話を聞くうちに、バイアール公アーサーは女だけでなく、男も心騒がせる人物だという事を確信した。

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