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伯爵令嬢の人格形成はロマンス小説と共に(10)

 小高い丘の上を登るとその館が見えてくる。

 昼の光に白く輝く壁面に、空に溶けるような青い屋根。

 王家の所有している館だけあって、外観は大きく立派だった。


 アーサーはナターリアを馬から下ろしあげると、そのまま片手抱きにして中に入ろうとした。

「わたくし、赤ちゃんじゃありませんわ」

 ナターリアは、抗議をする。

「そう?手を繋いで入るより、この方が婚約者らしいと思ったのだけど」

 アーサーが顔を寄せる。


 いつもよりぐんと近いところにアーサーの顔があった。

 長い睫毛の一本一本まで数えられそうだ。


 抜いたら叱られるかしら?

 わたくしとクロヴィスとアーサー様の睫毛の長さ比べをしてみたいですわ。


 ナターリアの不穏な空気を悟ったのか、アーサーはナターリアを腕から下ろして、手を繋いだ。



 ◇◇◇◇



「ごきげんよう、皆さま。果ての島へ良くいらっしゃいましたわ」

 館に入ると、カルプ大公夫人、つまりはアーサーのお母様、自らが出迎えてくれた。


 これは普通なら考えられないことだ。


 使用人に案内され、客間に通されて当主や女主人と会う。

 それがマナーだ。

「まだまだ人手不足なのですわ。簡略できることは簡略しなくてはなりませんの」

 妙なる調べと言われる声で、大公夫人フェリシアは言った。



「ですので、堅苦しい挨拶は、あとでウォレスにだけにしてくださいませね」

 フェリシアは含み笑いをしてそういうと、軽い抱擁を来客にして回った。


 ナターリアはされるがままに、フェリシアにギュッとされた。


「うちの困った子をよろしくね。ナターリア」


 囁かれて、破棄予定なのですけれど、と申し訳なく思うナターリア。

「フェリシアおば、お義母さまとお呼びしてよろしいでしょうか?」

 アーサーの忠告通りにフェリシアをお義母様と呼んでよいか訊ねると、相手の顔に満面の笑みが浮かぶ。

「うれしいわ。ナターリア」

 フェリシアはもう一度ナターリアを抱き締めた。



 ナターリアが通されたのは、母の隣の部屋。

 クロヴィスは母と同じの部屋になり、とても嬉しそうだった。

 甘えん坊のクロヴィスは一人で寝るのが苦手だ。

 わがままを言っては、父母やナターリアとたびたび同じ部屋で寝ている。


「まあ、可愛らしい」

 部屋を見るなり、ナターリアは喜びの声をあげた。

 わざわざ案内をしてくれたフェリシアは素直な賞賛の声をあげたナターリアを満足げに見守る。


 オフホワイトの壁紙に、白と淡いピンクが基調色の家具とカーテン。

 飾られた花もピンクの花がアクセントになっていた。


 ゴールディア邸の自分の部屋より、可愛らしく華やかな部屋だった。


「素敵な部屋をありがとうございます」

 瞳をきらきら、文字通り、虹彩に金を散らしてナターリアが礼を言う。

 心なしか他の者の目には、亜麻色の髪も輝きを増しているように見える。


「喜んでくれてうれしいわ。調度類はいつか娘が生まれたらと誂えたものなのよ。この宝石箱のように古いアンティークもあるのだけれど」


 鏡台の上にある宝石箱はそれ事態がひとつの芸術品だった。

 ミューズたちが踊る様子が繊細な彫刻であしらわれている。


 開けてみてとフェリシアの目が言っている。

 ナターリアはその通りにそっと宝石箱を開けてみた。


 中には髪飾りとペンダント。

 ナターリアの瞳にぴったりの大きめの紫紺の灰簾石に、大小のダイヤモンドとイエローサファイアの可憐な作りだった。


「なんてすばらしいのかしら」

「気に入って?」

「もちろんですわ。でも」

 頂けないと断ろうとするナターリアに被せるようにフェリシアは言った。


「つけてさしあげるわ」

 ナターリアが何か言うより早く、フェリシアはナターリアの髪に手を伸ばし、今までつけていた髪飾りを取る。

 ナターリアの亜麻色の髪が広がった。


「座ってちょうだい」

 フェリシアに言われるままにナターリアが座ると、フェリシアはブラシを取り上げて彼女の髪をすいた。


 わたくし、大公夫人に髪をすかれていますわ。


 鏡に写るナターリアの顔は恐縮して固まっていた。


「この髪飾りとペンダントはね。お祖父様が、灰簾石の鉱山が発見された時におばあ様のために作ったものなの」

「そんな大事なものを、わたくしいただけませんわ」

「いいのよ。()()()()()()()()()()()()()、この中に入る宝石は貴女のものよ」


 鏡に写るフェリシアの目は、ナターリアとアーサーが交わした婚約の取り決めを知っていると語っていた。


 フェリシアはナターリアの髪を器用にまとめて、贈った髪飾りをその髪にさした。

「思った通りに、良く似合うわ。あなた達もそう思わなくて?」


 フェリシアは控えていたメアリーアンとこの館のメイドを振り返った。

「おっしゃるとおりでございます」

 恭しく言うメアリーアンにフェリシアは不満そうだ。

「あなたは?セイラ」

フェリシアは自分に仕えるメイドに問いかけた。

「大変良くお似合いです。」

セイラと呼ばれたメイドは腰をかがめて女主人に答えた。


「二人とも堅苦しいわ。もっと素直な感想が聞きたいのに。まあ、立場を考えれば無理でしょうけれど。しかたないわ。感想はクロヴィスやアーサーに聞きましょう」


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