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伯爵令嬢の婚約破棄は教会の鐘と共に(3)

 恐れていたアーサーとの対面。

 礼儀正しく挨拶を交わすと、いつものようにナターリアに腕が差し出される。


 彼女が手を添えれば彼が微笑む。

「我が城へようこそ、婚約者殿」

「すばらしいお城ですわね」

「気に入った?」

 ナターリアは何と答えたら良いのか悩んでしまう。

 八歳の時なら、元気よく「気に入りましたわ!」と大きな声で言っていた。

 実際、中庭とホールを見ただけで、ナターリアは何度もため息をつくほど魅せられてしまっていた。


 堅牢な石造り城館に囲まれた中庭には、小さな噴水があり、そこから緩やかにせせらぎを作っている。

 庭に植えられた植生はどの季節でも美しく見えるようになっていた。

 金色を帯びてきた樹木と控えめに咲く秋の花達。

 エルダーフラワーには、実がついている。


 城の中に入れば、剛健な外観とは裏腹に、典雅な空間が待っていた。


 艶のある白い石の床と少し青みを帯びた深い緑色の柱。

 金の装飾が過不足なくホールを引き立てている。

 ホールの奥にある二階へと続く階段の背には明かり取りの窓がある。

 ガラスは古いもので、一枚一枚は大きくはない。

 けれど、所々にインタイリオが施されたガラスが嵌め込まれていた。


 階段に敷かれた赤い絨毯がホールに暖かみを添えていた。

「とても素敵だと思います」

 気に入ったとは答えずに、ナターリアはアーサーに導かれるまま、二階へと上がる。

 アーサー自らが滞在する部屋へと案内してくれるらしい。


 父母達が寝室へと消える。当然近くの部屋へと案内されるかと思ったナターリアだが、予想が外れる。

 奥へ、奥へ。

 さらに上へ上がる階段の脇の部屋の前に来る。

「どうぞ、クロヴィス」

 アーサーに付き従っていたフットマンが扉を開けるとクロヴィスは「また、後ほど」

 と部屋に入った。

 残っているのは、ナターリアとメアリーアンだけ。

 アーサーは階段に足をかけた。

 かなり長い螺旋階段には、小さなインタリオガラスの窓だけで、ホールとは違い、少し陰鬱だ。

 上がりきったところにあった重々しい木の扉。


 怪しい感じがいたしますわ。


 扉が開かれたと思うと、ナターリアはアーサーに強引に中に押し込まれる。

 扉が閉まる。

 メアリーアンは扉の外だ。

 中は木製の下ろし窓で塞がれて、灯りは蝋燭だけ。

 薄い闇の中で、アーサーが酷薄に笑った。

「私から逃げられると思った?」

 ナターリアは腕を振りほどいて、壁際へ逃れた。

 悲鳴を上げようとしたが、辛うじて出たのは、

「アーサー様」

 という言葉だけ。


 次の瞬間、アーサーは喉の奥から笑い声をあげた。

 それは、アーサーが機嫌が良いときの笑い声で。


「脅かしすぎかな。でも、ナターリアが正直に城を気に入ったと言わないから」

 彼は呆然とするナターリアの脇を通り、木製の下ろし窓を開けていく。

 夕暮れの光が窓からナターリアの視界に飛び込んできた。

「こちらにおいで。婚約者殿」

 ナターリアは警戒しつつも、窓際へ近寄った。

 アーサーからは体一つ分、距離を置いて。


 そんな彼女を彼は面白そうに一瞥してから、窓の外へと視線を投げる。ナターリアも同じく。


 眼下に広がる展望は、城下町とそれを囲む牧草地帯。

 町と緩やかな丘陵が赤金色に染まり、えもいわれぬ情景を描き出していた。

「ここからの眺めは素晴らしいだろう?」

「ええ」

 とナターリアは素直に頷く。

「ここは、私が寄宿学校に入るまで過ごした部屋だ。三才の時に両親の隣の部屋からここに移った時、父にこれがお前が守っていくべき風景だと言われた」

「ウォレス様が」

「代々跡継ぎの子供部屋として使われている」

 言われてみれば、室内の装飾は女性らしい華やかさはない。

「でしたら、なぜここをわたくしに?」

「この風景を君に見せたかった。それにナターリアは小さい頃、塔の部屋に憧れていたろう?」


 そうでしたの。ここはお城の塔の部屋でしたのね。


「悪漢にお城の塔へと閉じ込められる姫君の物語をよくせがまれたね」


 そんなことを覚えていてくださった。


「救い出すヒーローがいませんわ」

 ナターリアは、打ち震える心を隠して、軽くアーサーを睨む。

「では、一人二役で」

 アーサーがおどけたように、膝を深く折ってお辞儀をする。


「お話のヒーローは銀色の髪でした」

「そうだったかな」

 そうです。

 銀の髪に緑の瞳。

 瞳の色は同じでした。


「おもてなしの即興芝居としては、少しやり過ぎです。それにメアリーアンが外でやきもきしていると思います。扉を開けてくださる?悪漢殿?」

「扉を開けて姫君を解放するのはヒーローだよ。しかし、ここは姫君の仰せのままに」

 アーサーは軽い足取りで扉へ向かった。


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