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伯爵令嬢の婚約破棄は教会の鐘と共に(2)

 ロンディウムの上流社会から人が減りだした。

 シーズンが終わる。

 領地を持つ貴族たちがロンディウムから次々に抜け出していく。

 領地に帰るとは限らない。


 狩りが解禁されて、富裕層達は良い狩猟場である北部のカレドニアに向かう。

 カレドニアは以前は別の国でスッコト朝が支配していたが、アンゲリアのジェーン・グレイ女王が亡くなった際、カレドニアに嫁いでいたエリザベスがアンゲリアの王位を継ぎ、そして、エリザベス亡き後は、継息子であるジョン王がアンゲリアとカレドニアの両国を治めることになった。

 もともとは二つの国であったため、軋轢はあるが、さらに北のアイラほどではない。


 アーサー、バイアール公爵家はそのカレドニアにも所領を持っている。

 彼が公爵位を継ぐ前の儀礼称号であったレイヴァース伯爵領。

 アンゲリアのドゥヴリンシャーに加えて、カレドニアの所領を持ったのがバイアール(二つの伯爵)の由来だった。

 その後、バイアール伯爵は公爵になり、さらにその他の従爵位を持つようになった。


 ゴールディア家もささやかながら、カレドニアのバイアール公爵領の隣接する場所に土地を持っていた。

 これは叙爵された土地ではなく、当時の当主がケルダー男爵から狩猟のために借り受けているものだった。

 その後、ケルダー家は革命でパリシアへ追放されたスコット朝との関係で没落し、ゴールディア家は、ケルダー家に申し入れられて、土地を買い取ることになった。ゴールディア家は当時の価格の二倍で土地を購入し、ケルダー家は破産を免れた。ケルダー家が失った土地はゴールディア家に売った分だけで済んだ。


 カレドニア領地が隣り合ったことで、バイアール家との交わりが多くなり、数代前にバイアール家の娘とゴールディア家の次男が結ばれた。

 次男はカレドニアの土地を与えられたが、残念なことに血筋が絶えて、ゴールディア本家に土地が戻ってきていた。


 例年なら父を残して領地のオールドミンスターシャーの城館に戻る頃合いだったけれど、官吏になると目標を定めたナターリアはロンディウムに残るべきか悩んでいた。

 ナターリアが残れば当然、ケイトリンとクロヴィスも残るだろう。

 クロヴィスは跡取りであるのと本人の資質のため、学習はナターリアより先に進んでいる。

 残るとなれば、騒々しいロンディウムより、領地の穏やかな雰囲気を好んでいる母とクロヴィスに申し訳ない気持ちになってしまうナターリアだった。

 それに、彼女もロンディウムから離れたい気持ちもある。


 揺れ動くナターリアの気持ちを知らず、父がとんでもないことを言い出した。


「アーサーが自領にリッカーズ教授とソープ教授、それと何人かの学士の方をひと月ほどお招きするそうだ。ナターリアとクロヴィスも招待したいと相談があった。めったにない機会だ。二人とも行ってくるがいい」


 おお、神よ!

 ナターリアは天に向かって叫びたい気持ちになる。

 クロヴィスはもちろん乗り気だった。


「わたくし達二人だけでですの?お父様とお母様は?」

「もちろん、行くが、滞在は一週間ほどで切り上げる。政府の役職についていれば、シーズンは関係ないからね。オールドミンスターへは生誕祭頃に行くことにして、ゆっくり家族で過ごそう」


「わかりましたわ。でも、勉強は……」

「アーサーがそれも配慮してくれているよ。希望があれば、何人でも一緒に連れてきて良いと言っているよ。バイアール城なら一個小隊くらいは大丈夫だろう」


 アンゲリアでも五指に入るという規模のバイアール城。

 ナターリアもまだ一度も行ったことがない。

 アーサーが生まれた場所がどのようなところなのか見てみたい気持ちはある。

 けれど、マデリンと共にいるアーサーを見るのは辛い。


「私は、伯爵ご夫妻とご一緒にロンディウムに戻ってもよろしいでしょうか」

 ナターリアの葛藤はマデリンの申し出によって軽減した。

「どうしてですか?」

 クロヴィスが訳を知りたいと問いかけた。

「ロイヤル・アカデミーの公募展が二か月後にございます。水彩画の部門に応募しようと思っております。モチーフをロンディウムにしようと考えておりますので、お許しがあれば、ロンディウムに戻りました二週間、そちらに集中したく存じます」


 ゴールディア家の者は、マデリンが絵に対し並みならぬ腕前を持っていることを知っていた。


 ミス・マデリンはもうすぐお役御免となるガヴァネスではなく、画家として身を立てようとしていらっしゃる?

 わたくしが官吏になるようにと願っているのは、的外れなのでしょうか?


 けれど、職業的芸術家が叙爵された例はない。

 議員や官僚の中にも芸術家として名を馳せている方もいらっしゃる。

 むしろ、画家としての名声と官吏としての実績があるほうが、叙爵される可能性は高い。


「素敵ですわ。わたくしも心から応援いたします」


 ナターリアはマデリンに微笑を向けてから父に頼み込んだ。

「アーサー様にわたくしの友達も何人か招待していただけないか、お父様から訊いてくださいませんか」

「ナターリアが自分で手紙で尋ねればよいだろう?」

「でも、明日も議会でアーサー様とお会いになるのでしょう?その方が早く返事をいただけますもの」

 父は仕方がないないとばかりに肩をすくめた。

「私をメセンジャー代わりにするとは。王様も顔負けだな」

 そう言いながらも、父は引き受けてくれる。

「感謝いたします」

 名にし負うバイアールの城への招待。おそらく誰かは一緒に来てくれる。

 友人を盾にするのは気は引けるが、そうでもしないと、アーサーと顔を合わせるのが怖かった。


 ◇◇◇◇


 本当に一個小隊になりましたわ。


 ゴールディア家の四人に加えて、ガヴァネス、レディースメイド二人、父と弟の従者。御者が三名。

 家庭教師が三人。これで、十六名。


 ナターリアの友人、フロリッツ家の三人、ちょうど、次兄のウィリアムが休暇と重なるので同行したいとの希望だった。供回りを合わせて、七名。

 ミフィーユには何故か、お目付け役として、ソールズ伯爵家の三人がついてくることになり、九名になる。グレイシーはクラリッジ伯爵家の別荘に二週間ほど招待されているそうで、もしバイアール公爵が許して下さるなら、後から合流したいと言う。

 もちろん、クラリッジのお二人もだ。その供回りも含めれば、四十名近くなる。


 語学担当のエリオットは、ゴールディア家の一行ではなく、“リューイ”の関係者として別に招かれた。

 エリオットは学者としてだが、ミス・スノーを始めとした役者は、バイアール家が客人を持てなすための要員として呼ばれている。

 当然、その他にも客人はいる。

 全ての客が一か月もの逗留をするわけではないけれど、ゴールディア家の規模とはまるで違った。


 ドゥヴリンシャーはロンディウムからさほど離れているわけではない。

 筆頭公爵として、事が起こった時には、王都に駆けつけなければならないからだ。

 それでも、ロンディウムから一歩外に出れば、風光明媚な景色が続く。


 緩やかな丘陵を縫う道を行けば、バイアール城と、城下町ドゥヴルが見えてくる。

 その周りにはのどかに広がる牧場。草をはむ馬達。


「馬格が大きいのは、アラブ種との掛け合わせの競馬用だね。こちらの背は低いが体格がいいものは、軍馬の血筋だ」

 ナターリア達に父が馬について教えてくれる。

 家族が四人揃っての馬車の道行はいつでも楽しい。


 それでも、ナターリアは、城で客人たちを待っているアーサーについて考えてしまうと、心が騒めく。


 遠縁のお兄様が、わたくし達を招待して下さった。

 アーサーは大勢の客人を持てなす立場ですもの。わたくしに構う暇などほとんどないはずです。

 だから、家庭教師を連れて来てもよいと伝えて下さったのだから。


 思いつつも、ナターリアはアーサーの思惑が解からずに少しばかり混乱してもいた。


 最後に会った時、アーサーは婚約を続けたいような態度だった。

 官吏になれば、わたくしとの婚約は無かったことになる。

 なのに、ナターリアの後押しをするかのようなこの招待。


 彼は、婚約を続けたいのか、それともやめたいのか。


 それとも、愛しい人を近くに呼び寄せたいという願いからか。


 ナターリアは別の馬車にいるマデリンの顔を思い浮かべて、胸が詰まる。


 目を閉じたナターリアに母が優しく尋ねてきた。

「ナターリア、疲れましたの?それとも馬車酔いかしら」

「馬車を止めようか」

 子煩悩な父も心配そうに言う。

「大丈夫ですわ。もうすぐ着きますもの」

「なら、いいが」

 ナターリアは平気だと微笑した。

 そのまま緩やかな坂を登り、馬車はバイアール城へ走る。


 やがて、馬車は止まり。


 銀色を帯びた石というより岩でできた城。なのに正面は繊細な彫刻の玄関。整えられた中庭は秋の彩り。


 目を見張るような威容と典雅さ。

 まさにバイアール。まさにアーサー。

 彼はここで生まれ、ここで多くの時を過ごしたのだ。


 ナターリアはそれらを眺めてから、ゆっくりと、バイアール公爵アーサーが支配する地へ降り立った。

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