転生先は悲惨なようです
1920年 評議会共和国首都ダヌーブ
あぁ、終わった――――
手にわずかな金銭を握りしめ、天を仰ぎながら言った。
私の名前は天羽颯翔。この世界では、プルゼニ・シロビィと呼ばれている。ある日突然――と言っても心当たりはあるのだが――この世界に転生した。私が生まれた家は軍人の家で、まあ要は貴族の出身だ。これだけならまだ恵まれた環境なのだが、悲しいかな、この国は前の戦争によって王族の支配が崩壊。そこに現れたアカい連中が国の議会を掌握。我々貴族は資産没収に地位剥奪、さらには投獄、追放等々…見事なまでに落ちぶれてしまった。
当然、シロビィ家も例外ではなく、軍人で権力者だった父は暗殺、母は追放され行方不明。唯一残った私も資産を奪われ、今やこの手に握った僅かな金銭が残るのみとなった。
「大丈夫ですか、シロビィ様。」
「大丈夫なわけないだろう…ついにここまで落ちぶれたんだぞ。かつての威厳は、由緒は、権力は、、何処へ消えたんだ…。」
「…とりあえず、今日の宿を探しましょう。」
こんな私に付き従ってくれている彼女は、私の使用人アンナ・リトヴァク。先の戦争で家族を亡くし、評議会によって私と共に家を失った、悲しき犠牲者の一人だ。
「ですが、ここも危険です。以前よりも監督員が増えています。そろそろ町を移られたほうが良いのでは。」
私は大きなため息をついた。
「こんなホームレス相手に、まだ締め付けるつもりか。」
アンナは何も言わなかった。街を歩く通行人から哀れな視線を浴びせられる。
私たちは町を出るべく歩き出した。
こんな感じで2週間ほど過ごした。反体制派や旧貴族に世話になりながら南へ向かっていた。国外へ脱出するためだ。
がしかし、スゼーグトに到着したときのことだった。
この地域は隣国シルヴァニア大公国に近く、反体制派の中でも王党派と呼ばれる勢力が多くいる場所である。
私がここについたとき、現地の元貴族階級や王党派の国民から歓迎されたのだ。驚きながらも私はこの町の宿へ向かった。
「ご無事で何よりです、シロビィ様。」
そう言って私に酒を差し出してくれたのは、元宮廷給仕係の老人だ。
「私はまだ職につけただけでもマシです。シロビィ様のように家を追われた者や殺された者、追放された者。彼らに比べれば、まだ我々は幸運でした。」
老人が店の中を見渡して言った。
「宿などと言って誤魔化しておりますが、実際のところ、ここは酒場のような場所。毎日のように、こうやって多くの人々が集まっているのです。」
確かに、ここにはたくさんの人がいる。そして、今まで私たちがたどってきたどの場所よりも賑やかだ。
「この町には、監督員は居ないのですか?」
アンナが尋ねた。
「いいえ。そこにいる彼がこの町の監督員です。」
そう言って、奥で酒に酔って踊っている男を指さした。
「彼も、我らと思想を同じくする同胞です。ともに君主の帰還を望み、ともに王冠に忠誠を誓った臣民なのです。」
そして、真剣な眼差しで私を見つめて言った。
「あなたがこの国から脱出することを、私は邪魔しません。ですが、この国にはまだ、王を望む者がいるのです。そして彼らは、この国を戻すための指揮官が必要なのです。」
気づけば、さっきまで酒に酔って踊っていた男たちも、世間話で談笑していた婦人たちも、部屋の隅でうつむいていた青年も、新聞を読んでいた老人も、みんなが私たちを見ていた。
「どうか、私たちと共に、国を取り戻しませんか。これはこの町に住む人々の、皆の願いなのです。」
しばらく黙った後、私は言った。
「これをどうやって、断れば良いのだ。」と。
評議会共和国:旧二重帝国から独立したマージャル王国で起きた革命によって成立した。旧貴族への過酷な制裁や隣国からの干渉、政府の腐敗などからすでに内乱寸前だったりもする。