76.敵味方
確かこの褐色の肌は魔族だったよな? オーサカではたまに見かけたけど、この村で見るのは初めてだ。どうしてこんなところに魔族の子供が?
「いや、それどころじゃない!!」
俺は急いでその子を湖から引き上げべく、両脇を抱える。足場は不安定だが、上半身は水から出ていたので子供1人持ち上げるのにそう苦労はしなかった。
「くっ、冷てえ。息は? 脈はあるか?」
聞きかじりでしかないが確か首辺りに指を当てればいいんだよな?
不恰好だが、その子の首に指を添えながら同時に口元に耳を近づける。
「すぅ……すぅ……」
「良かった、生きてる……だけど水に浸かって冷えきってる、早く村まで連れてかないと!」
熊の着ぐるみを脱いで、魔族の子供に巻きつける。俺の体温で生暖かくて獣臭いかもしれないが、少し我慢してもらおう。
「よし──うおっ!?」
簀巻き状態になった子供を抱き上げ、移動すべく村に振り向いた瞬間、目の前に光る物体が迫った。俺は慌てて体を捻ってそれを避ける。
「ちっ!」
俺の横を通り過ぎた物体が舌打ちをする。目で追うと、そこには爪の様な物を腕に着けた、獣人族の男が立っていた。
「なんだあんた? 今忙しいのが分かんねえのか?」
「知るかよ、あの化け物がいねえ今がチャンスなんだ、黙って死ねや」
「はぁ?」
なんだこれ、俺もしかしなくても襲われてる? どちらにしろ、こんなん相手している場合では無い、偶然にも位置が入れ替わったおかげで、村の位置は俺の後ろだ。
逃げようと振り返る、だがそこにはまた新たな獣人族がいた。それも7人。
「悪いな、金と命を置いてってくれや」
リーダーっぽい奴がそう口を開く。
っていうかあいつは昨日、獣人冒険者ギルマスのとなりにいた奴だよな?
「金ならそこの岩んとこの袋に入ってる、勝手に持ってけ。俺は急いでんだよ」
「そいつはご丁寧にどうも。だが顔を見られてここで逃すわきゃねえだろ?」
その言葉を皮切りに、新しく現れた獣人族達は俺を囲む様に移動し、爪の様な武器を腕に装着する。
「あんた昨日ギルマスの近くにいた奴だよな? こんな事ばっかやってんのか?」
「はっ、覚えてやがったか。副業だよ、獣人に引っ付いて小金稼いでる卑怯もんの人族には過ぎた金だろ」
顔バレしたにもかかわらずやめる気はないらしい。いや、顔バレしたから余計にか。
しょうがない、この子の負担になってしまわないか心配だが……。
「阿保か、お前らの相手してる暇なんかないって言っただ……ろっ!」
ダンッ!
囲まれてならその上を飛び越えてしまえばいい。俺は身体強化でその場から村の方向に向かって飛び跳ねる。
あっ、やばい。ちょっと角度高過ぎた。
「はぁっ!? に、逃すな!!」
後ろからそう叫ぶリーダーの声が聞こえる、やっぱり追いかけてくるよな。
「さすがに村の中まで追いかけてきはしないと思うが……」
地上から50メートル程の上空でどこに向かうか考える。雪山でビョンビョン移動してた俺にとって、もうこれくらいの高さは慣れたものだ。
「とりあえず村の中まで向か──っ!?」
次に飛び跳ねるべく着地点に目を向けると、女性2人組の冒険者らしき人物が歩いているのが目に入る。
「ちょっ、どいてー!!」
「えっ?」
「ん? うわっ!?」
ズダァンッ、と彼女達の前の着地する。声をかけなければ危なかった。
いや、もしかしてこの2人もあいつらの仲間か?
「な、なんだいあんた!?」
「空から人族が降ってきた……あれ? 貴方昨日の……」
違うみたいだ。
「いや、そんな事よりあんたらも逃げろ! 今物盗りが──」
「待てやごらぁ!!」
やっぱり山なりに飛び過ぎた。
着地して間も無く、すぐに追いつかれてしまう。速攻で走り出そうとするが、今度は彼女達が危険に晒されてしまうと思うと、二の足を踏まざるを得ない。
躊躇していると、2人組の片方が追いかけてくる物盗りに気付く。
「あいつビダンじゃないか」
「うわっ、ギルドに復興依頼出てんのにあいつら何やってんの?」
追いかけてきた物盗りは、どうやらこの2人と顔見知りの様だ。
そして物盗りのリーダー、ビダンとやらも2人組に気付く。
「ちっ、テテとタタか、なぜここにいる!!」
「なぜって、昨日からずっとここで働いてるからに決まってるじゃない。なんか水柱が立ってるから気になってきて見れば……あんたら何やってんの?」
多分その水柱の原因はシロコです。10回に1回くらい、ボーリングの玉程の石をブン投げてたからなあ……。
「ちっ! おいっ、お前らもそいつを殺すのを手伝え!! 分け前はくれてやる!」
ビダンとやらがとんでもないことを言い出す。ここで人数追加とか、どんどん増えるな。
うんざりした気分でまたジャンプしようと屈もうとするが、その前にテテだかタタだかどちらか分からないが、2人の獣人娘がしかめっ面な表情で口を開いた。
「いきなり出てきて何馬鹿な事言ってんのさ。この人、あのおっかない姉さんの連れだろ?」
「しかも強盗まがいな真似させるとか頭沸いてんの?」
「あっ! コイツらやけに羽振りがいい時があったと思ったら、こんな事してたんだ!!」
「うわー、ないわー」
どうやら敵が増える様な事は無さそうだ……。
「馬鹿が! 状況見て言えや!!」
「状況って……あんたらが恩人の連れに襲いかかってる様にしか見えないけど?」
「いくら人族だからって馬鹿なの?」
女性2人の口撃はもはや凶器だな、ビダンとやらが青筋立ててる。
「もういいっ! 見られたからにはお前らも殺す!!」
物盗り達はこちらに襲いかからんと身構える。
これはまずい、単純にあちらさんの標的が増えてしまった形になってしまった。
味方が増えたのはいいが、これではこの2人を置いて逃げる事が出来ない。しかも俺は両手が塞がった状態で……あ、そうだ。
「ちょっと預かってて貰える?」
「えっ? ち、ちょっと!?」
簀巻きした魔族の子供を獣人娘に預ける。囲まれてる状況じゃないから、こちら側に近づけさせなければ大丈夫だろう。
受け取ってもらったのを確認した直後に、俺は物盗りに向かってダッシュする。
「なっ──」
ブンッ!
先頭に立っていたビダンとやらの防具を掴んで、湖に向かって力一杯ぶん投げる。虚を突かれたのか全然反応出来ていないな。
他の面子も目を見開いて固まっている、これは都合が良い。
「2人! 3人! 4人!」
近い奴から続けてどんどん湖にぶん投げる。
「なっ!? くそっ!!」
「ぐぇ──」
「5、6、7」
残りが慌てて俺に攻撃を仕掛けるが、タマちゃんチョップに比べれば遅い。避ける前にこちらの手が先に届く。
「ラ……ストッ!!」
ブォンッ!!
「がっ──」
最後の1人はより一層力を込めてぶん投げる。
……あ、先に投げた奴に追いついて空中で衝突した。
ドボーン……ドボーン……ドボーン。
着水確認。あの距離なら戻るのに時間がかかるだろう、後で村の連中に知らせなければ。
さて、早よ村に戻らにゃ。
「ありがとう、助かった」
獣人娘に預けた簀巻きを返してもらう。
「あ、ああ……あんたも凄かったんだね……」
「人族なのに驚いた……てかこれ何?」
さすがにトンデモ行動過ぎたか、獣人娘コンビが引き気味である。
預けられた物が気になるのか、尋ねられたので俺は着ぐるみを少し捲る。
「さっき釣りしてる時に湖で拾ったんだけど……」
「はっ!? この子大丈夫なの!?」
「もしかして人攫い?」
「違う違う! 湖で拾ったって言っただろ!? とにかくまだ生きてる! さっきの事もあるし、君達も来てくれない?」
さすがに誘拐犯とか勘弁してもらいたい。
「別に構わないけど……その子をどこに連れてくのさ?」
「それもそうだ! 病院ってどこ!?」
「はぁ、この村に薬屋はあるけど病院とかは無いよ。……タタ?」
「しょうがない、うちに連れてくる。身体が冷えてるだろうから、湯を沸かす」
「本当か!? 助かる!」
「礼はその子が助かってから言いな」
話からして、テテという獣人娘がプイッと村に向かって走り出す。
やだ、惚れそう……。
「とにかく急ぐ、付いて来て」
「ああ、よろしく頼む」
タタという獣人娘と一緒にテテに続く。
さっき大ジャンプしておいてなんだが、俺は抱えたこの子をなるべく揺らさないよう気をつけて走った。
読んでいただいてありがとうございます。




