75.湖の畔で
「こっち側の森は焼けてないな、ここら辺にするか」
「……魚いないよ?」
「別にいいんだよ、半分現実逃避に来ただけなんだから」
俺は今、貸し竿片手に湖にいる。
朝から色々とギルドで話を聞かされたり、人族からも奇異の目で見られたりと、疲れたので半分逃げて来た形だ。
「この金すんげえ嵩張るな、ギルドに預けられるか聞いとけばよかった」
『朝早くに持ってくるとは感心じゃの、これでシロコの飯は心配あるまいて』
「ごはん!」
「それだけタマちゃんが怖かったって事だろ……」
朝に宿から出ると、俺の目の前に村長が汗だくで金貨の詰まった袋を持って立っていた。
余程シロコ(タマ)の脅しと言うか、要求に遅れる事を恐れたのだろう。どうも獣人族のギルドからも金を掻き集め、急いで用意したようだ。
袋の中は金貨だけででなく、色々混ざっている。そのせいで結構な量になってしまった。
「枚数でいうとヤマガタ村のも合わせて2千枚以上あるな」
頭陀袋の底がジャラジャラとうるさい。身体強化のお陰であまり重さは感じないで済むが、ぶっちゃけ邪魔である。
『余分な物は捨てるか埋めれば良い』
「そんな犬じゃあるまいし」
「あなほる!?」
「掘らんでええ」
期待した目で俺を見るシロコ、その人型の姿で掘る気か?
『して、いつニョロは食えるのじゃ?』
「ギルドでの話聞いてなかったのかよ?」
『聞くわけなかろう』
ギルドでの話はこうだ。
なにぶん初めて見る魔物なので、今ギルド職員総出で調べてもらっている。肉に毒があるかどうか分からないので、いきなり食べるとかの選択肢は無いだろう。それでも皮は結構な素材になりそうとは言っていた。
「あんなデカイのが広場にあると邪魔だからな、今日は冒険者も含めて移動させるか解体するみたいだぞ。食えたらくれるだろ」
移動は無理そうだから多分解体だろうな。
「わん? ごはん?」
「食えたらの話だ。ていうか同じ竜種だろ、その辺抵抗無いのか?」
『何を言う? ニョロはニョロであろう?』
うわぁ……超ドライ……。
「まぁそんなわけで蛇の事は暫く待ちなはれ。おっ、いい岩場めっけ、あそこにしよう」
「わん!」
ピョン、と半分湖に突き出た大きな岩に飛び乗る。こういう時に身体強化は便利だ。
「結構村から離れちゃったな、静かでいいけど」
「あっ! さかな! さかないた!!」
シロコが岩から身を乗り出して泳いでる魚を指差す。
「ある程度は無事だったみたいだな、ボウズにならずに済みそうだ」
「ふん! ふん!」
「おいおい、落ちるなよ……」
手を伸ばして魚に触ろうとするシロコ。その姿はまるで猫みたいだ。
忙しないシロコを横に、俺は釣り糸を垂らす、風景的に気分は太公望、横でわちゃわちゃしてる娘のせいでいまいち決まらないが……。
…
……
ドボーン、ドボーン。
とてもいい天気で絶好の釣り日和である。遠くてあまりよく見えないが、向こうの人集りは魚を湖に戻してるのかな?
ドボーン、ドボーン。
それにしてもあのデカイ蛇はずっとこの湖にいたんだろうか? でもそれならとっくに発見されてるよな……まったくとんでもない世界に来てしまったものだ。
ドボーン、ドボーン。
うーん、全然釣れない……。
まあ原因は分かっている、この音のせいで魚が寄って来ないのは明らかだ。
ドボーン、ドボーン。
「おーい、シロコ」
「わん?」
岩下で石を持ったシロコが、振りかぶったままのポーズで、顔だけこちらに向ける。
「面白いか?」
「あんまし!」
「そうか……」
釣りにシロコは合わないな、始めて10分と経たずにこの有様だ。さっきから手頃な石を拾っては湖にぶん投げている。
いまいち面白くないと言ってるのは、やっぱり犬は投げられたものを追いかける方が性に合ってるからなのか。
寝る時と飯を食う時以外じっとしていられない、やはりシロコはシロコか……。
「わん!」
その場からビョンッ、と俺の元にジャンプするシロコ。そして俺を見上げる形で訴える。
「あきた!」
「そりゃああんだけ投げてればな、あそこだけ石がなくなってるぞ」
「さかなは?」
「おかげさまで1匹も釣れてないな」
「むぅ……」
不満な表情をするシロコ。真面目に釣ろうとは思ってないが、これは俺のせいでは無いだろう。
『シロコは小腹が減っておるぞ』
「わん!」
「そろそろおやつの時間か、ってそんな習慣なかったんだけどなあ……」
今は四六時中何か食ってる気がする。前から食いしん坊だったが、タマちゃんがシロコに住み始めてからより一層だ。
「と言っても昨日の今日だぞ、屋台とかやってるとは思えんが……」
「でみせ!」
『もうニョロはおらん、やっておるかもしれんじゃろう』
ここに来るまでの道のりには無かったけどなあ。
「ここまで来て戻ってやってなかったら悲しいぞ、もう少しで釣れるかも知んないし」
「むぅ……」
ジト目しやがった。お前がドッポンドッポン石を投げているせいでもあると思うんだが?
『では屋台を探して来る、お主はその間に魚を釣るが良い』
「……はい?」
シロコに初めてのお使いとか、某テレビ番組以上にハラハラが止まらないぞ。
『ほれ、早う金を寄越せ、それが無ければならんのじゃろう?』
「おいおい、本気で言ってるのか?」
『何度も横でやり取りを見ておったのじゃ、問題あるまい』
「できる!!」
何故か自信満々と胸を張るシロコ、俺は不安でいっぱいだ……。
「うーん、でもなあ……」
『あまり過保護なのもシロコに良く無いぞ』
「わん!」
タマちゃんもいるし大丈夫か? いや、この2人だから余計に不安なんだが……。
だが昨日の一件で、シロコに余計ないちゃもんをつける奴もいないか? それに多分買う時はタマちゃんに入れ替わるだろうし……うん、なんとかなりそうではある。
ここで大人に慣れさすべく、ひとつ試してみるのもありかもしれない。
「シロコ……大丈夫か?」
「わん!」
返事はいっちょまえだ。
俺は不安で胸がいっぱいになりながら、多目に小銭を数十枚渡す。これで足りないということはないだろう。
「ふんふん!」
渡した小銭を得意満面に握りしめるシロコ、その顔が余計に俺の不安を煽る。
『心配するでない、我がついておるのじゃぞ?』
「……そうだな」
タマちゃんも不安要素の一つとは言うまい。
『何か言い方が引っかかるが……まあ良い、では行くぞシロコ』
「わん!!」
ビョンと飛び跳ねて村の方へ向かうシロコ。
「見つからなかったらすぐ戻るんだぞー!!」
シロコの背中に声をかけるが、ありゃ聞こえてないな。
ああ、今あのお使い番組の母親の気分がとても良くわかる。世のお母さんはこんな気持ちで子供を見送ってたんだな……。
「ここはタマちゃんを信じますか……」
さて、ポツンとこの場に取り残された俺。タマちゃんの言う通り釣りの続きでもするか。
「でもこの場所はさっきの石祭りで釣れそうにないよな……ポジション変えるか?」
でもあまり離れるとシロコがここに戻ってきた時分からなくなるかも知れない。
さてどうしたものかとその場から立ち上がり、辺りを見渡す。
「うーん……うん?」
少し離れたところに小さな岩に混じって、何か布の塊が落ちている。色が岩と同化しててよく見ないと分からなかった。
「ゴミ? いや、人だ!!」
布の塊は頭に何か被っているようだ、岩の隙間から位置的に腕らしきものが覗いている。
俺は慌ててその人が倒れている場所に駆け付ける。
「お、おい! 大丈夫か!? って子供じゃないか!!」
倒れていたのは大きさからして子供だった。
頭の布はターバンの様に巻いており、服装は1枚の布で作った感じで、この村ではあまり見かけない変わった格好をしている。
「あれ、この子……」
そして何より目を引いたのは、その子の肌の色だった。オーサカでたまに見かけた、魔族という種族と同じ色をしていた。
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