74.同種
シャアアアァァァッ!
口を開き、真っ直ぐこっちに向かってくるでかい蛇。その直線上にシロコ(タマ)が立っている、というか蛇に向かって歩いている。
「おいっ! タマちゃん!?」
俺の止める言葉も御構い無しに足を進めるタマちゃん。デカイ蛇もタマちゃんに気づいたのか、開いた口をより大きく開いてタマちゃんに襲いかかる。
そして俺は蛇の口の中に見覚えのある紋章に気づいた。
「あれって……」
あれはタマちゃん(ドラゴン)に最初に会った時に見た舌に描かれていたもの、そして今はシロコの舌にあるものだ。
ヂッチチチチチ……。
聞き覚えのある音が蛇の口から漏れる。
まずい、アレがタマちゃんと同じものならあそこからあのエゲツない光線が……。
バンッ!
バグンッ!!
「うおぉっ!?」
あのブレスが蛇の口から吐き出されると思ったら、いきなりその口が閉じた様に見えた。
閉じた様に見えたというのは、見れたのが一瞬で、今俺の目には蛇の下顎が晒されているからだ。要するに今蛇の顔は上空を向いている。
「ふむ、思ったより重いの」
『スピィ……』
上空から聞こえるタマちゃんの声とシロコの鼾。線でしか見えなかったが、タマちゃんが跳ねたと同時に蛇の頭が痛く上向きになったのは、どうやら下から蹴り飛ばしたからの様だ。そしてその勢いのまま滞空している。
『フゴッ……』
「えぇ……」
タマちゃんと月が重なったと同時にシロコの鼾が俺の頭に響く。緊張した空気の中、思わず脱力してまう。
「ふんっ」
キュンッ、と足場も無しに下に向かって加速するタマちゃん、そしてそのまま蛇の頭に落下すると。
ドオォォンッッ!!
「うわっぷ!?」
蛇の頭が地面に叩き着けられ、その衝撃で小石が飛ばされて俺にバチバチと当たる。
目を細めてタマちゃんを確認すると、蛇の頭の上にタマちゃんが立っており、その右腕が蛇の頭に肘まで突き刺さっていた。
「これでしまいじゃ……のっ!」
バチンッ!
破裂音がしたと同時に、蛇の身体がビクンッと跳ねる。
そして一瞬固まった後、ズシィンとした音と共にその身体が横たわった。
「…………」
言葉も無いとはこの事だ、俺はポカンとその場にただ立っていた。横に腰を抜かした村長を添えて。
「ふん」
ズボォ、と蛇の頭から腕を引き抜くタマちゃん。もうちょっとしたホラー映像だこれ。
そして血に濡れた腕はそのままに、頭からストッと飛び降りて俺に向かって歩いてくる。
「タクミ、これは食いでがあるの」
「10年経っても食い切れねえよ……」
てかこれ食うの?
呆気に取られる俺、タマちゃんは俺を見ながら右手をブンッと血を振り落とす。
そしてふとその視線を、俺の横で腰を抜かしている村長に向けた。
「そういえば村長とやら?」
「は、はい!?」
ビクンとなる村長。こんな腕から血を滴り落としている女から話しかけられたら、そりゃ脅えもする。
「確かこれを倒したら一千万とかいう話じゃったな? それはこのタクミに渡しておけ」
そう言うと、タマちゃんはペロリと濡れた手を舐めた。テラ怖ス。
「は、はいっ! 必ずお渡しします!!」
脊髄反射ごとき反応の村長。今ならどんなお願いでも聞いてくれそうだ。
「うむ、では戻るぞタクミ」
「このままほったらかしかい」
「うん? もう戻らぬ理由も無いであろう?」
キョトンとした顔でそう言い放つタマちゃん。そんな鍵の締め忘れを確認したみたいな言い方されてもだな……。
「いや、あの燃えてるとこをなんとかしないと……」
「あー、それはこっちでなんとかするわ」
いつの間にやらマックさんが近くにいた。そう離れてはいなかった様だ。
「マックさん、無事でしたか」
「おかげさまでな……えらいもん見たぜ」
「ははは……」
苦笑いしか出ねえ。
「燃えてんのは湖の周りの森で生木だ。ほれ、もう殆ど煙になってる」
振り返ると確かに、最初に比べて赤い空が収まっている。
「火を消すにもすぐ近くに湖があるんだ、それくらいはそっちのギルドでもできるよな?」
マックさんは振り返ると、後ろにいる人物にそう話しかけた。そこにいるのは獣人族側の冒険者のギルマスだった。ランダスさんだったっけ?
「……そうだな」
なんか苦々しい表情でランダスさんはそう答えると、冒険者連中に指示を出しにその場から離れる。きっと今夜は徹夜だろう、ご苦労様です。
「えーと、じゃあ俺達は宿に戻っても?」
「この騒ぎを収めたんだ、誰も文句言わねえだろ。コイツの処理の事も含めて、後でギルドに呼び出すと思うが……」
「まあ、そうですよね……」
また色々と面倒な事になりそうである。こんな出来事、オーサカの比じゃない。
「今日のところは俺らで何とかする。そらよりほれ、姉ちゃんが待ちかねてるぞ」
「……ああ」
マックさんの視線を追うと、そこには腕を組んで足をタンタンして、如何にも待たされて不機嫌ですと言わんばかりのタマちゃんが立っていた。
「すみません、では後はよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
申し訳無さに後ろ髪を引かれながら、タマちゃんを連れてその場を離れる。
「よし、早う戻って続きじゃ、先程良い手を思いついた」
「あの戦いの中そんな事考えてたんか……お、みんな戻ってきたな」
散らばって行った村の住人達がパラパラとまた広場に戻ってきている。子供が恐る恐る蛇に触ろうとしているのを止める母親もいる。
他の人達が広場に集まる中、村に向かって悠々と歩くこの状況。早くこの場を離れたい気持ちでいっぱいだが、俺は一つ聞かなければならない事を思い出した。
「タマちゃん、良かったのか?」
「うん? 何がじゃ?」
「いや、あのデカイ蛇ってタマちゃんと同種だろ? 舌に同じ紋章があったぞ」
「ほう、そうじゃったか、初めて見たわ」
軽いなおい。
「あの程度で同じ竜種とは片腹痛い、所詮はニョロじゃな」
「えぇ……」
このドラゴン、同族殺しとかそんなの全く気にしない素振りだ。
「初めて見たとか、種とか言うんだから他に会った事無いの?」
「無いの。じゃが竜種は最強の存在だと言う事は知っておる」
あっけらかんとそう話すタマちゃん。
なんか色々とおかしい気もするするが……もういいや、今夜はさすがに俺も疲れた、さっさと戻って寝よ──駄目だ、将棋の続きがあった。
『スピィ……』
この不意打ちで頭に響くシロコの鼾は何とかなりませんかね……。
読んでいただいてありがとうございます。




