72.避難
「おい! 一体何が起きてんだ!?」
「知らねえよ!」
「あの燃えている場所は湖を囲んでる森か?」
「また光ったぞ!」
分かりやすいくらいに村中パニックだ、建物内の人がどんどんと外に出て来ている。
「なんか流れで俺らも出ちゃったけど……」
「せっかく良い手を思い付いたのに……」
『スピィ……』
みんなが外に出ている動きを見てしまうと、俺もそれに習わなきゃいけないと思ってしまうのは、日本人の特性として仕方ないと思う。シロコは犬の特性ガン無視だと思うが。
渋るタマちゃんを連れて外に出たは良いけど、さてどうしたものか。ここは避難するのがベターだよな?
「おう、タクミも出てきたか」
「マックさんもですか、何があったんです?」
「さっきまで寝てた俺に分かるわけないだろう」
最初の光から10分ほどしか経っていない、それもそうか。
バシュウゥゥンッ!
「うおっ!? なんだありゃあ?」
また光と轟音が響く。
音がした方向を眺めると、1つの光の筋が空に向かって伸びているのが見えた。もしかしなくてもあれが原因の元だろう。
あれ……どっかで見たような……。
「角度から見て、湖からですね……」
「囲んでる森も燃えてんのか、えらい範囲だな……うん?」
マックさんが視線を若干下ろす、俺もそれに倣うと、沢山の人がこっちに向かって走ってくるのが見える。
「うお、あれ全部獣人族か……」
あれはこっちに避難で向かっている村の住人だろう、やはり東側で何かあった様だ。
「こりゃ大変だ、一度人族も獣人族も西の入り口広場に集めよう、場所は分かるか?」
「昨日村に入った時に、荷降ろししたところですか?」
確かにあの場所は荷物が集まる場所で、結構な広場になっていた。
「ああ、あそこに誘導しよう、タクミも手伝ってくれ。おいっ! ギルマスがどこにいるか分かるか!?」
「あ、ち、ちょっと!」
手伝うって何をどうすりゃええねん……。
マックさんは近くにいた冒険者を引き連れてギルマスを探しに行ってしまう。多分冒険者やギルド職員で避難誘導するんだろうが、ギルドではそういう講習でもあったんだろうか?
ポツンと置いてかれる俺。
「どうするべか?」
「我に聞いてどうする、お主がここに連れて来たのであろう」
「仰る通りです……」
「何も無いなら部屋に戻るぞ」
こんな状況で豪胆すぎるだろこのドラゴン。
とりあえず頼まれたからには、俺も誘導すべきだろうが……。
交通整理のバイトとかとは違うよな? あ、何人かの冒険者達が広場に集まれと叫んでいる。流石マックさんだ、仕事が早い。
俺は勝手がわからずオロオロしている、とにかく広場に集めた方がいいんだろうが……あ、これ使えるかな?
…
……
「おお……凄い人数だ」
広場には人族獣人族入り乱れて、大勢の人が見たら集まっている。
「お主、目立ちたくないのではなかったか? そんな物振り回しおって」
「こんな状況なんだ、仕方ないだろ」
今俺の手には何の店のかは分からないが、のぼりが装備されている。
俺は広場の中央でこれを振り回して、住人を誘導しました。熊が旗振って踊ってる様にしか見えなかっただろうが、まあそこは目立ってなんぼって事で。
「お前らあっちから来たんだろ!? 何が起きたんだ!?」
「知らねえよ!、急に湖付近に住んでるやつらが逃げろって……」
「うちの子は!? 誰か私の子を知らない!?」
この場所に集まってから1時間ほど。最初に比べれば村人達の混乱具合はましになったと思うが、未だにざわついたままだ。
「あっ! タクミさん、ここにいたんですね」
この村まで一緒に護衛した若者冒険者、トール君が話しかけて来た。避難誘導でマックさんにこき使われてた後、またどっかに連れ去られてたけど。
「やあ、なんか大変な事になったよね。マックさんはどこいったんだろ?」
「その事でおれがタクミさん達のこと探してたんですよ。向こうで獣人族の冒険者ギルドの連中と集まって話してます、なんか湖にでかい魔物が出たみたいですよ」
「うえ、穏やかじゃないね」
魔物の仕業ってのが驚きだ。
「ええ、それで今両方のギルドの冒険者が集まってるんですけど、タクミさん達を見かけなかったんで探しに来ました」
「そうなんだ。悪いね、全然気づかなかった」
「いえ、でもなんか色々揉めてるみたいで……」
トール君に連れられ、冒険者達が集まっているという場所に向かう。
揉めてるって……避難するのに何か問題でもあるのだろうか?
・
「湖の魚が変死してた原因はあいつのせいだろう!?」
広場の一角で、獣人族の村長が叫ぶ。
周りにはエラン村のギルマス他、村の上層部が集まっていた。
叫ぶ村長の隣に、獣人族の冒険者ギルドのギルマスのランダスと、その横に上位冒険者のビダンが立っていた。
「だろうな。湖畔が見える漁師からの話だと、湖の生き物全部が浮いてる様な有様だったらしいぞ」
「ビダン! 何を呑気な事を!!」
「村長、落ち着け」
ランダスの物言いに村長は激昂するが、ランダスによってすぐに諌められた。
そして村長の向かいに立つ、人族の冒険者ギルドのギルマスが口を開く。
「蛇の魔物とか言ってたが……マックも何か聞いたか?」
「こっちに逃げて来た漁師からな。何でも家と同じくらいデカい頭の蛇らしいぜ、身体は湖の中でよく分からんかったそうだ」
「初めて聞く魔物だな……」
「それよりもこれからどうするかだ、応援を呼ぶにしろ今はこの村を離れたほうがいいだろう、奴が湖から出ないという保証も無いし」
マックの発した言葉に、村長は睨みを利かせる。
「この村が今までどれほど人族に恩恵をくれてやったと思ってる? お前らは恩知らずな種族なんだな」
「じゃあどうするんだ? いつ陸にまで上がるか分からない魔物と一緒に暮らすってのか?」
「くっ……ランダス! お前のギルドに討伐依頼を出す! 緊急依頼だ!!」
マックの言い分に納得いかず、村長はランダスに魔物を討伐しろと言い放つ。
「落ち着け、今目の良い奴に湖の様子を見てきてもらっている、あの光もしばらく出てないしな」
「クソ!」
「はぁ……ビダン、話でしか聞いて無いが、その魔物討伐できると思うか?」
「無茶言うんじゃねえよ、湖の中にいる相手にどうしろってんだ」
「そうだな……うん? 湖にやった奴が戻って来たな」
この集まりに1人の獣人村長が近づくと、ランダスに湖の様子を報告すべく口を開く。
「ランダスさん。奴は今、湖を泳いで浮いた魚達を喰ってます」
「そうか……大きさはどれくらいだ?」
「家10件分ってとこですね」
「……陸に上がったとして、討伐するにはかなりの被害が出るな」
「…………」
「…………」
獣人の冒険者の報告に、その場の全員が黙り込む。
皆が固まる中、村長がその場で地面を蹴飛ばした。
「クソ! せめてこの前ゲンホルド様がいる時に出て来れば良かったものを!!」
「確かにな……あの時なら本国の軍人が揃ってたからな。今はもうオーサカに着いているだろう」
「そうだ! 今村には護館の兵がいるはずだ、何とか協力して事に当たれないか?」
村長の言葉に、ランダスは少し考え込む。
「難しいだろうな……だが獣人国よりオーサカの方が近い。オーサカの兵をここに派遣してもらう様、速鳥に一筆書いてもら──」
「おいおい」
ランダスと村長の会話に、マックが口を挟む。ランダスは怪訝な顔でマックを睨む。
「なんだ? 役に立たん人族は黙ってろ」
「反論は出来ねえな。だが勘違いされても困るから言うが、今回の商隊の護衛に、護館の連中は1人も来てねえぜ?」
マックの言葉にランダスは眉間に皺を寄せる。だが1人の獣人がこちらに向かっているのに気付くと、そちらに指を指して反論した。
「何を言っている、そこにいるのは護館でも名高いカタリナだろう?」
「は?」
その場にいる全員がランダスの指差す方へ顔を向ける。その先には変わった格好をした2人組みが歩いていた。
「……な、何?」
「なんじゃ貴様ら?」
その場の視線を集めた2人組み。のぼりを片手に、熊の格好をした男はその場の空気に狼狽え、白い髪の獣人は面倒くさそうな表情をしていた。
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