71.異変
『スピィ……』
「なぜシロコの鼾が頭に響くんだ……」
「言葉を送る練習も続けておったからの、無意識の方が上手くいくとは、我も意外じゃわ。それよりほれ、王手じゃ」
「くっ、気付いたか……」
「ふふん」
月明かりが漏れる窓際で、俺とタマちゃんは将棋盤を挟んでいる。宿の部屋には、常備されている不思議な魔力ランプがあるのだが、こっちの方が雰囲気が出ていい感じだ。
『スピィ……スピィ……フゴッ』
「盤外戦術が酷すぎる……」
鼻息までもが送られてくるのが意味分からん。しかも垂れ流しというわけじゃなく、忘れた頃に聞こえてくるので、モヤモヤする。
シロコは湖の側でやっていた屋台の割高な焼き魚をダースで喰らい、晩飯もたらふく食べた。そのせいか部屋に入るなりすぐ様寝よりよる。
それで若干時間持て余したので、食休みがてらタマちゃんと将棋を始めたのだが、最近いい勝負になってきたのが楽しくなってきたのか、かれこれ4時間程付き合わされている。
「クク、この勝負は20戦振りに我の勝ちのようじゃな」
「そろそろ待ったの数は減らしても良さそうだな。てか一々数えてたんかい」
「我が勝ち越すその日が楽しみだ」
やだこの子、えらい執念深い。さっきタマちゃんの金駒がタダだったのを教えてあげたのに。
「もう月が随分上の方まで上がってるぞ……」
時間的には0時くらいだろうか? こんだけやってれば夜中もいいとこだ。
「眠いのか? では最後は我の勝利で飾らせてもらうかの」
「いや、別にそういうわけじゃないけどな」
それはタマちゃんが勝って終わりたいだけだろ。
現在の手番は俺。盤面を睨むが、形勢は圧倒的に不利な状況。というより手順を間違えなければもう詰みが見えている。
「仕方ない……」
王手をかけられているので、流れそのままに王を逃す。次に銀を放り込まれたら、あと5手で詰まされて終わりだ。俺の負け確定である。
「ふふん、そうであろう、そうであろう」
えらい笑顔だな、犬歯が見えてるぞ。
逃げた俺の王に対して、タマちゃんは得意満面に自身の持ち駒の金を放り込んだ。
……こやつミスりおった。それは最後の詰めに使う駒だぞ、流石にこれは教えてやんない。
「ほい」
「クク、無様に逃げ惑うがいい」
「ほい」
「無駄な足掻きだの」
「ほい」
「もう逃げ場は無いというに」
「ほい」
「…………そっち?」
タマちゃんの王手攻めが切れた。予想とは違う動きだった様で、盤面を見たままの体制で頭の犬耳がペタンとしている。
中身がシロコだったらよしゃよしゃしてやるところだ。
「さて、今度は俺の攻撃のターンかな?」
「ぬぅ……少し待てぃ」
「まぁゆっくり考えてくれ」
「グググ……」
タマちゃんが盤面を睨んで固まる、これは暫くかかりそうだ。
タマちゃんが黙ってしまったので、一気に静かになった。時間も時間なので、窓が開いていても物音1つしない。
『スピィ……スピィ? ……スピィ!』
……これ、寝ている時に台所から聞こえる、水滴の音以上のイライラ加減だな。
「はぁ……」
ふと窓から見える月を見上げる、今日も3つとも満月だ。というより満月以外見たことが無い、3つもあるので直接見ると眩しい。
少し目を細めて月を眺めていたら、その月が見えなくる。
ドオオォォォンッ!!
「──っ!?」
空が一瞬真っ白になったと思った瞬間、少し遅れて今度は轟音が響いた、音と共に窓枠もビリビリと振動する。
「う、うぇ!? 何が起きた!?」
「五月蝿いのう……む? ここは一度飛車を引けば、守りつつ攻めも効かせられるか?」
月を見失う程の光と、耳を覆う様な轟音がしたにもかかわらず、タマちゃんは全く動じることなく将棋盤を睨んでいる。
『……フゴッ』
シロコ、お前もか。
「いやいやいや、それどころじゃないだ──」
バシュウゥゥンッ!
俺だけ滑稽にワタワタしていると、またもや光が部屋の中を照らし、少し遅れて音が響く。
「い、一体何が……」
窓から身を乗り出して外の様子を窺うと、村の住人達も音に気付いた様で、各々窓を開けたり、外に出ている人もいる。これが普通の反応だよな。
外に出ている人達が騒いでいる。
「おい! 何があった!?」
「知るかよ!」
「さっき凄い光が──」
バシュウゥゥンッ!!
「ヒィッ!?」
「お、おいっ! あそこ!!」
この音と光のせいでパニックになっている。
そんな中、1人の男がある方向を指差すと、その場にいる全員がその方向に顔を向けた。
俺もつられてその先を見ると、目に写ったのは赤い色だった。
「燃えてる……」
皆がその方向。湖がある方角を見ると、その場所の上空が赤く染まっていた。
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