69.湖
エラン村の半分以上は獣人族だ。そうなると村の土地を殆ど占めているのも獣人族な訳で、このままシロコと一緒に村の東側、獣人族が占める場所に移動すると、オーサカの二の舞になりかねない。
だがせっかく来たのだから東側の方も行きたい。そんな事を考えていたら、1つ妙案を思いついた。
「そうだよ、最初からこうすりゃ良かったんだ」
そんな訳で今、俺は久し振りの熊モードで道を歩いている。
シロコと一緒にいるのが人族だから絡まれるんだ、これなら人族と分かるまい。完璧な作戦である。
「タクミ、あつくない?」
シロコが着ぐるみの熊の口から俺を覗き込んで心配する。こら、手を突っ込んで熊の口を広げるな。
「まだ肌寒いくらいだからな、平気だぞ。これで村の東っ側の方にも行けるな」
『わざわざそんな格好せんでも良かろうて』
「また変なのに絡まれんのも嫌じゃん?」
『どちらにしても注目具合は変わらん様じゃがの』
……確かに。道行く人がチラチラとこちらを見ているのが分かる。お、猫耳獣人族発見。
まあ連れているのが人から熊に変わっただけだからな。だが人族がシロコを連れているとは分かるまい。
「まあ湖とか、村の東側に行く時だけだからいいだろ」
『暑苦しいのう』
「みずうみ?」
湖という言葉に反応するシロコ、ちょこちょここのワードは出していたと思うが……。
そういやシロコには海とか湖に連れて行ってやった事は無かったな。川も近くに無かったし。
「ちなみにシロコ、魚は何処でどうやって手に入れるか知ってるか?」
「はえてるのをひっぱる!」
考える様子も無く、速攻で答えるシロコ。地面から生えている魚を一匹一匹引き抜くとか、何それこわい。
「野菜かなんかだと思ってたのか……」
「……?」
『知らずにあれだけ食っておったのか。らしいといえばシロコらしいの』
「シロコ、魚は川とか海とか湖っていう水がいっぱいあるとこにいるんだ」
「……おふろ? なかったよ?」
シロコにとっては、水いっぱい=風呂なのな。そういや温泉の川に魚はいなかった、だがあれは極地過ぎて例外だろう。
『ここで話すよりさっさと実物を見せてやれば良かろうて』
「そらそうだわな。シロコ、魚が泳いでるとこ見せてやる」
「さかな!」
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ、見せてやるのが1番早い。
魚と聞いて、尻尾ブンブンなシロコを連れ、湖のある場所へと足を進めた。
…
……
「わんっ! わんっ!」
「遠目から見て分かってたけど、でかい湖だな……」
村を道なりに歩き、少しの坂を登ったところでその湖は見えた。やはり魚の養殖とかやってる湖となると、これくらいの大きさは必要だよなあ。直線距離で2.3キロ以上ありそうだ、河口湖くらいか?
「わんっ! わんっ!」
「シロコ、少し落ち着こうか」
初めて見る湖にシロコはしゃいでらっしゃる。まあこの景色は見応えあるわな。
だが周りの視線も気にして欲しい、作業とかしている獣人族の方々が明らかに邪魔者を見る様な目で見ている。もうちょっと人がいないところへ移動しよう。
『うーん、はて?』
「どした? タマちゃん」
はしゃぐシロコを引っ張っていると、タマちゃんがぽろっと言葉をこぼした。
『いや……ここにはシンちゃんと来た事があった様な気がしての』
「へぇ、二千年前にもこの湖はあったのか」
『まあ昔の事じゃ、似た様な場所もあるの。ここがそうとは──』
「あっ! タクミ! あれサカナ!! さかな!!」
「うぉ! ちょっまて!」
シロコが泳いでいる魚を見るや興奮し、飛びかかろうとしたのを間一髪で止める。こんなところで泳がれたらさすがに困る。
「ふんっ! ふんっ!」
「はい、どーどー、落ち着こうなー」
女性を羽交い締めにする熊。通報待った無しだ。
少し離れたところで作業している、漁師らしき獣人族達の視線が痛い。
「てかこの魚達、泳いでる位置がもろバレだな」
昨日食べた魚も泳いでいる、色鮮やかなので、ここは何処ぞの庭園の池だと言いたくなる。パン屑投げたい。
「あっ! あれっ! でみせ! でみせある!!」
「あれは屋台だ。あーもう、ちょっと落ち着け。シロコお座り!」
「わん!」
人の姿をしていても、やはり犬は犬。魔法の言葉には従ってしまう様で、シロコはその場で腰を落とす。この状況も見た目がやばい。
シロコが尻尾パタパタで俺を見上げているこの状況は……くっ、俺も横に座ろう。
「せーい、せーい」
シロコの頭を撫でてやる。
「ふふん! ふふん!」
『昨日まで馬車でジッとしておった反動かの』
「いや、これは素だ」
『そ、そうか……』
だってドッグランに連れて行くと、いつもこんな感じだもの。人の姿になっていると、厄介な事この上ないな。
「屋台は後で連れてってやるから、少しはこの景色を楽しめ」
「ふーっん、ふーっん」
だめだこりゃ……。
シロコがこんな有様のせいで、これまたチラチラと注目されている。
お、女性の漁師さんもいるのか、女性2人で魚の入った樽をどこかに運んでいる。ご苦労様です。
・
「なんだろ、あれ?」
樽を運ぶ猫耳の獣人族が、タクミ達を見て、相方に問いかけた。
「多分他所から来た冒険者か、護館の連中でしょ。そんな事よりちゃんとそっち持ってよ、早く終わらせないと、急募の依頼だったとはいえ値切られるわよ」
「ああ、悪い悪い。ちゃっちゃと移さないと被害が増える一方だからね」
下がり気味だった持ち手を上げ直し、2人の猫耳獣人族は魚の入った樽を運ぶ。
「そういえば聞いた? ビダンの奴ら、狩りに行ってメンバーの半分やられたって」
「マジで? ロックベアでも出たの?」
「冬も終わったしありえるかもね」
「うえ……暫くは狩りの依頼は受けない方がいいね」
「そうした方がいい。これでちょっとはアイツらも大人しくなるといい」
「グループ全員横暴が酷いからねえ」
「この前なんか……って、噂をすればなんとやら」
樽を運ぶ2人に近づく3人の獣人族。この集団はビダンの部下、いや、手下達だ。
「おい、この辺りに顔を隠したガキを見なかったか?」
手下の1人が近づくなり話しかける。
「いきなり何よ、見て分かんないの? 私達は仕事中なの」
「うるせえっ! いいから──っ?!」
話しかけてきた1人が恫喝しようとした瞬間、ある方向を見て言葉を飲み込んだ。
視線の先には、先程から湖をみて騒いでいた白い獣人族と熊がいる。
「何よ? アイツらがなん──」
「ちっ! 行くぞ!!」
手下達はすぐに踵を返し、村の方へ戻っていった。残された2人は、互いにポカンと目を合わせる。
「どうしたんだろ?」
「さあね。いいから早く運ぶわよ、後10回は往復しなきゃなんないんだから……ん?」
「うぇー、って、どしたの?」
「今あそこの小舟が動いた様な……まぁ多分魚が跳ねたのね。それよりほら! また手が下がってる!」
「はーい」
2人はヨロヨロと魚の入った重い樽を運ぶ、このペースだと夕方までかかりそうだ。
1時間もすると、熊と白い獣人は満足したのか、いつの間にかいなくなっていた。
読んでいただいてありがとうございます。
短編を 猫ドラゴン というタイトルでこっそりUPしていますので、そちらも読んでいただけるとうれしいです。
(^・ω・^=)にゃんにゃんお!




