68.翌日の表と裏
「……うっぷ」
「タクミ! あれ! あれなに!?」
「シロコ……もうちょっと声の大きさを小さくしてもらっていいか?」
一夜明けて翌日。俺とシロコはエラン村を散策している。
二日酔いで外に出るのが億劫だったが、ベッドで横になっていると、シロコにグワングワンと揺すられて余計に気持ち悪くなるので、根負けした形だ。
「てかシロコはなんでそんな元気なんだ?」
「?」
俺より明らかに飲んでいた酒の量が多かった筈だ。
『じゃから大丈夫だと言うたであろう、タクミが弱いだけじゃ』
「納得いかねえ……」
「タクミ! あれ! あれなんか焼いてる!」
「分かった、分かったから服を引っ張るな……」
長い馬車の旅を終えて、新しい村の景色に触れたせいなのか、シロコのテンションが高めだ。ただ歩いているだけなのに尻尾ブンブンである。
「あれは……キノコの串焼きか?」
そういえばキノコも名産とか言ってたな。場所も変われば屋台が扱う食材も変わるね。
そしてそんなのをシロコが見てけてしまうと……。
「食べる!」
だよな。
シロコに引っ張られキノコ屋台に向かう。近くによると、屋台のおじさんが器用に串に刺さった松茸みたいなキノコを、クルクル回しながら焼いている。
これなら俺も食えるかな? 二日酔いであまり朝も食えなかったし。
「おじさん、それ2本ください」
「ま、まいど……。そこの姉ちゃんも食うのか?」
串焼きを注文すると、屋台のおじさんがシロコを見て、不思議そうな顔をした。当の本人はキラッキラとした期待の眼差しなんだが。
「ええ、何か問題でも?」
「いや、そんな事は無いんだがな。ただ獣人族がキノコを食べるなんざあまり見ないもんでな」
名産なのに、消化してるのはほとんど人族なのか。
「そうなんですか、まあうちの子はなんでも食べるんで」
「そうか。まあ買ってくれるなら客には変わりねえ、ちょっと待ってな! 今焼き立てをくれてやるよ!」
おじさんはそう言うと、手早く串に刺さったキノコを炙り、焼きあがった2本を俺に渡す。
「ほらよ、2本で400イェンだ」
このサイズで1本200イェンは安いな。金を支払い、串焼きを受け取る。すぐ横のシロコの尻尾が振られているのが、パタパタパタパタと音でわかる。
「どうも。ほれ、シロコ」
「わん!」
「熱いから気をつけ──」
「ガッフ、ガッフ」
俺の注意を華麗にスルーして、受け取るなりすぐ様キノコに齧り付くシロコ。犬舌は熱さに強いのだろうか?
「見た目ほど熱くないのか? ……あっち!」
「ガッフ、ガッフ」
『ほう、これは中々の味じゃな』
やっぱり熱かった。よくシロコは平気で食えるな……しかもいい笑顔、タマちゃんも気に入ってくれた様だ。
俺も息を吹きかけ、冷ましながら串焼きを食す。
……うん、匂いで分かってたけど、やっぱり醤油味じゃなかったか。まあ美味いからいいけど。
「いやあ、獣人族の人達からは、キノコは食いもんじゃねえ! って言われてるんだが、お姉ちゃんはいい食いっぷりだねぇ」
美味そうに食うシロコを見やってか、おじさんはいい笑顔だ。
「獣人族はキノコ食べないんですか? こんなに美味いのに」
「嬉しい事言ってくれるじゃないか。まあここは森から肉、湖から魚が取れるからな、無理して食うもんでもないんだろう」
「へぇ、まあ確かに獣人族が野菜とか食べるイメージは無いですけどね」
シロコはキャベツも丸かじりするけどな。
「タクミ! なくなった!!」
そんな健康志向のシロコさんは、熱々だったキノコの串焼きを速攻で食い終えてしまった。そして俺の串に刺さっている残りのキノコを見つめる。
「……まあいいけどな、あんまり食欲無いし」
「よし! 待ってな、一本おまけしちゃうよ!」
「たべる!!」
俺の手持ちの串焼きをシロコにやろうとしたら、屋台のおじさんがただで1本くれると言う。シロコは全く遠慮しない。
「すみません……」
「遠慮すんな! ……ほれ、あんちゃんもいるか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、ほら」
「わん! ガッフ、ガッフ」
新しい串焼きを渡してやるなり齧り付くシロコ。俺は胸焼けで結構いっぱいいっぱいなんだが、お前はそんな気配はまるで無いな。
「あ、そうだ、その湖ってどっちの方に行けばあります? せっかくこの村に来たんで、一度見ておきたいんですよね」
「あん? 湖なら獣人族側の方に行けばすぐ見えるぞ」
ありゃ、そっちの方なのか。まあ養殖してんのが獣人族なら、それもそうか。
「魚の買い付けに来たのか? 今は値上がりしてるみたいだから、ぼられるぞ?」
「いえ、俺達この村に初めて来たんですよ。ちょっと見ておきたいと思って」
「そうか、結構でかいからビックリするぞ!」
屋台おじさんは、地元の観光名所を自慢するかの様に教えてくれた。そう言われると期待が高まるね。
「あっ、でも今は湖の方で問題が起きてて慌ただしいから、下手に邪魔するとしばかれるぞ」
湖で魚が死んでるってやつか。それなら少し時間を開けた方がいいかも。しばらく森の探検でもするか?
「ガッフ、ゲフッ。……わん?」
「食い終わったか……どうした?」
淑女のカケラも見当たらないシロコは、串焼きを食べ終わると、少し離れた場所に視線を向けた。
その先には5.6人の獣人族が、鹿みたいな獲物を引きずっている。1人は随分と小さいけど子供か? あの子だけフードみたいなのを被っていて、顔がよく分からない。
今度はあの鹿が食いたいとか言い出すんじゃないだろうな?
「ああ、あれは獣人族の冒険者だよ。多分ギルドの依頼で狩りに行ってたんじゃないか?」
「狩りはギルドの依頼でやるんですね」
あんな小っちゃい子まで狩りに出るのか……。ナンナちゃんもそうだったけど、この世界は子供でも1人の労働者なんだな。
なんとなくその集団をまとめるの目で追っていると、ふとその小さい子がこっちを向──きそうだったけど、すぐに下を向いてしまう。まあこの距離じゃ顔なんて分かんないけどな。
「じゃあご馳走様でした、また寄らせてもらいますね。シロコ、行くぞ」
「わん!」
「あいよ、まいどどうも!!」
シロコを連れてキノコの屋台から離れる。ここは当たりだったな、次は二日酔いじゃ無い時に寄らせてもらおう。
・
エラン村獣人族冒険者ギルド。
獣人族冒険者ギルドに勤めるギルマスのランダス。その部屋の扉がバァンッ、と乱暴に開かれた。
「っ!? 扉ぐらいゆっくり開けろビダン。
……何かあったのか?」
乱暴に扉を開けた獣人族の男、ビダンはドカリと椅子に座ると、怒鳴る様に声を放つ。
「どうもこうもねえよ! オーサカからの奴らを狙ったら7人もやられた!」
「声を抑えろ! ここはギルド内だぞ!!」
「ちっ!」
ランダスに咎められ、ビダンは舌打ちする。
彼は上位冒険者であり、盗賊団の頭でもあった。ギルマスのランダスと繋がりを持ち、エラン村からオーサカに向かう護衛人員の内容を流してもらうことにより、2人は小遣い稼ぎをしていた。
「オーサカからの護衛は、ほぼ護館の連中だからやめておけといっただろう、なぜ欲を出した?」
「護衛の獣人が女1人だったんだよ! くそがっ!!」
ビダンは近くの椅子をガンッと蹴飛ばす。
「静かにしろと言ってるだろうが! お前、魔力感知が出来るできる魔族のガキを手に入れただろ? なんで手を出した」
「けっ、正確には魔族じゃねえけどな、あれは強さまでは分からねえんだとよ。ここぞという時に使えねえ奴だ!」
「だから護館の連中には手を出すなと言ったんだ。……まさか俺達の事は洩らして無いだろうな?」
ランダスは殺気を込めた目でビダンを睨む。そんな視線向けられたビダンだったが、なんでも無い事の様に話した。
「1人とっ捕まったけどな、ゲロする前に殺しといた。死体も置いてったしバレはしねえよ」
ビダンの話を聞いてランダスは、ふぅ、と胸をなで下ろす。
「そういや女と言ってたな? それは多分護館のカタリナだろう。運が無かったな」
「あん? 知ってんのか?」
「護館のナンバー2だ。獣人族の強者ぐらいは覚えておけ」
「……ちっ!」
ビダンはさらに舌打ちする。護館の連中は1人1人が獣人族の上位冒険者クラスの強さだ、そこのナンバー2と言われたら納得せざるを得ない。
ビダンのイラついた様子を見て、ランダスは忠告する。
「報復とか考えるなよ? 連中は国の直属だ」
「分かってらあ! だから余計にムカつくんじゃねえか! くそっ、女1人って言ったあのガキが全部悪いんだ!!」
静かにしろと言われたにもかかわらず、ギルマスの部屋でビダンは叫ぶ。ランダスはもう注意するのを諦めて、別の話を振った。
「はぁ……その最近拾ったガキとやらは大丈夫なのか? 獣人族じゃ無いんだろう?」
「ああ? まぁ、あのガキの母親を人質に取ってるからな。つい最近死んじまったが」
カタン。
「……? おい、それじゃあ人質の意味がないだろう。これ以上余計な事は起こすなよ?」
「狩りの時は便利だったが、丁度いい、始末しちまうか」
「……くれぐれも俺にまで話がくる様なことはするな」
「足がつくようなヘマはしねえよ」
ギルマスの、ランダスの部屋で男達の話は続く。
その扉の先で、1人の褐色の少女がその部屋から離れて行った。
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