65.到着
ガタガタと馬車に揺られて数時間、そろそろ日が傾き始めようかとしたところ、その振動が止まった。
「お、馬車が止まったって事は、エラン村に着いたのかな?」
「その様だの、では勝負は次の機会じゃな」
その言葉と同時にグシャグシャにされる俺のお手製将棋盤。1時間かかったこの大勝負も、タマちゃんという暴君によって容易く蹂躙されてしまった。
バラバラにされた紙製の駒を集めて外に出る準備をする。おっと、シロコを起こさねば。
「シロコ、着いたぞ!」
「ごはん!?」
タマちゃんフェイスから、ぽやっとシロコフェイスに切り替わる。ご飯とは一言も言ってない。
「それはもうちょい後だ、とりあえず馬車から下りるぞ」
「ぬぅ……」
最近、起きたらすぐご飯というサイクルにすっかり慣れてしまったな、この駄犬め。あからさまな不満顔である。
眉間に皺を寄せたシロコを引き起こし、馬車から外に下りる。どうやらまだ村の中には入っていなかったみたいだ、馬車が村の入口から一列に並んで順番待ちをしている。
「うん……っと、話には聞いてたけど、ヤマガタ村より大きい村だな」
「んーーーっ」
固まった身体を伸ばしながら目の前の村の感想を述べる。相変わらずシロコの伸びは、宇宙への交信のままだ。
エラン村は遠目から見てもそれなりの大きさなのが分かる。流石にオーサカまでとは言わないが、同じ村でもヤマガタ村より随分と栄えているようだ。もう街でいいんじゃないか?
『なんじゃ、まだ先ではないか』
「俺達の馬車は最後尾なんだ、しょうがないだろ」
「タクミ、ご飯まだ?」
馬車の行列を見てタマちゃんがぼやく。そしてシロコは飯をせがむ。まだ寝かせておくべきだったか……。
ブーブーと文句を垂れる2人を宥めつつ、村に入る。最後に村に入った俺の目に最初に写ったのは、先に入っていた商隊の人達が既に荷下ろし等で忙しなく動いている姿だった。
エラン村の商人の人達もいるのだろう、大勢で荷物をあちこちに運んでいる。
「おお、さすが貿易の村だね。ある意味この場所が村の中心と言っても過言じゃないな」
さて、俺はここからどうしよう、商人の人達を手伝った方がいいのだろうか?
その場で立ち止まったまま考えていると、護衛のリーダーであり冒険者ギルドの教官のマックさんがこっちに歩いてくる。丁度良かった。
「よう、お疲れさん」
「ええ、お疲れ様です。俺達はこれからどうすれば?」
「ああ、その事でな、タクミ達は初めての依頼だろ? 依頼料の残りは、この村の冒険者ギルドで受け取るんだ。皆まとまって行くから、最後尾のタクミを迎えに来たんだよ」
そうだった、依頼達成料を貰わなければ。シロコの腹を満たすべく、金だ! 金を寄越せ!
「そうでしたか、お待たせしてすみません」
「気にするな。んじゃ行くぞお前ら!」
うぃーっす、とむさい男共の返事が返ってきたと同時にゾロゾロと移動し始める。もうみんな場所が分かっているのか、先頭は誰でもいいようだ。俺とシロコはそのまま1番後ろをマックさんと一緒について行く。
シロコは新しい場所に来たからか、キョロキョロと首が忙しい。手を繋いでおこう。
「タクミ達はギルドの施設を使うのか?」
てろてろ歩いていると隣を歩くマックさんから、今夜はどうするのかと聞かれる。前方を見るとウェイウェイな男の塊。
……やはりやめておこう、この中にシロコを入れるのは酷な話だ。
「いえ、宿を取りますよ。良かったらおすすめ宿の場所を教えてください」
「そうか? まあ姉ちゃんも連れてるししょうがないか。宿ならギルドの近くにもあるからそこを使うといい」
「ええ、ありがとうございます」
「だが今夜の飲みには付き合ってくれるだろ?」
「え?」
なにそれ、依頼の後はそれが決まりなのか?
「無事依頼を終えた事だしな、それの祝いみたいなもんだ。依頼後のギルド内での飲みは、半分ギルドが持つってのがあるからな、ほぼ全員が参加してる」
だっはっは、とマックさんが笑いながら言う。
うーん、酒は嫌いじゃないけどシロコがなぁ……。
俺が難しい顔をしていると、マックさんが俺の耳元に顔を寄せて小声で話しかけてきた。
「あの盗賊の一件で、若いのが姉ちゃんに怯え気味なんだよ。なんとか出れないか?」
そんな事になってたのか、そういえばどうにもチャラ男達までがあれから余所余所しいと思った。確かにあの凄惨な現場を見れば無理もないと思う、盗賊全員が胸に穴空いてたり、首が明後日の方向に向いてたからな……。
だけどシロコに酒を飲ますのはどうもなあ……。
「うーん……」
「今回は初依頼って事で、姉ちゃんの分は俺が出すぞ? この村の魚料理は中々のもんだぜ?」
「サカナ!」
マックさんの言葉にシロコが反応する。てかお前犬だろう? なんで尻尾振って期待した顔してんだ?
「シロコ、お前に魚食わせた事あったっけ?」
そう質問すると、シロコはくわっと顔を俺に向けて、何を言ってるだとばかりに答える。
「へんな入れ物に入ってたやつ! タクミあまりくれなかった!!」
ガウガウと訴えるシロコ。
変な入れ物? ……ああ、たまに俺が鯖缶買って食ってやつか、一時期缶詰に嵌ってたっけ。
そういや缶詰の蓋を開けるたびに、シロコが期待した目で見てたな……。油分とか心配だから、キッチンペーパーで絞って少しだけドッグフードに混ぜてやった気がする。あれ気に入ってたのか?
「お、姉ちゃんは魚が好きか? ここは養殖してるからデカイのが食えるぜ!」
「くう!!」
マックさんが余計な事をシロコに吹き込む。でかい魚と聞いてシロコの尻尾が高速メトロノーム状態だ。
「シロコ、魚なら後で……」
「……サカナ食べない?」
首を傾げ、ものっそい悲しい顔で俺を見上げるシロコ。くっ……どこでそんな表情の仕方を覚えた?
「ほら、姉ちゃんも乗り気じゃねえか。ここで食べさせないと可哀想だぜ」
『タクミ、シロコを泣かすでない』
3対1で責め立てられる俺。
ぐぬぬ、俺が色々心配しているというのに……はぁ、仕方ない……。
「……シロコに酒を飲ませるのはやめて下さいね? 下手したら修練場で見せた、あの攻撃が飛んでくる事になるかも知れませんよ?」
「そいつはおっかねえな……。分かった、気をつけるぜ」
そして決まりだな! と俺の背中をバンバン叩くマック。人の気も知らないで……。
酔ったシロコは見たことがないが、阿保がこれ以上阿保になるのは避けねば。
「サカナ! サカナ!」
隣のシロコさんは、俺が了承したのが分かったのか。ブンブンと俺の手を振りまわす。
「はぁ……少し落ち着け」
はしゃぐシロコを最後尾に、冒険者グループはギルドへと向かう。とりあえずさっさと金を受け取って、今夜の宿を取っておこう……。
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