62.追いかける人達3
タクミ達がオーサカを出て20日程。獣人族護館にて、館長率いる護館の兵達は、全員土下座をしていた。
土下座の向かう先には、獣人国宰相ゲンホルドが立っている。
「それで、貴様らはその1人の獣人の娘にやられたと言うのか?」
「お、お恥ずかしながら……。で、ですが! あの娘は──」
「少し黙れ」
館長を睨み、その言葉を止める。そしてゲンホルドは聞いた話を頭の中で纏め始めた。
(40人程の鍛えられた獣人族を1人で一蹴だと? しかも1人も殺さずにそんな事をなし得るとは……)
獣人族でそこまでの力を持つ者など、セイン王子を含め、10にも満たない。そしてシロコという名も始めて聞く名だ。そんな人物が今まで地に埋もれていたなど、力を誇示する獣人族にとっては、ありえない話だとゲンホルドは考えた。
(まさか……)
ゲンホルドは胸元から1つの巻物を取り出して広げる。
そこには神獣が人の姿を形どり、雷をその身に纏って敵を蹂躙したという話が描かれていた。その内容を見直し、巻物を丁寧に懐にしまい直すと、改めて館長に問いただす。
「1つ聞く。そのシロコという娘は雷の力を行使していなかったか?」
「え? そ、その、おっしゃっている意味が……」
いきなりの質問に、館長は戸惑う。館長は早々に伸され、その後の話を聞くと殆どの者達がほぼ一撃で伸されてしまった上、何より雷の力など聞いた事が無かったからだ。
「あっ!」
戸惑う館長を横に、その息子タジルが思い立つ。
「タジルとか言ったか、なんじゃ?」
ゲンホルドの鋭い眼光がタジルを捉える。その視線に尻尾を丸めながらも、恐る恐るタジルは、シロコが放った攻撃を思い出しながら語った。
「と、時折彼女の攻撃から、雷に似た光を放っていたのを見ました! 多分その影響で道場の一部が焼けたものと……」
(そうだ、今思えばあの光は月明かりが彼女の髪に反射したものではない……)
タジルはシロコが暴れた夜を振り返りながら、その場で起こった事をゲンホルドに話す。
そしてその話を聞いたゲンホルドはというと。般若の様な形相を浮かべ、ぶるぶると震えていた。
「ひっ!?」
悲鳴を漏らしたのはタジルか、それとも館長だったか。ゲンホルドを前に一同並んでいる護館の兵達のいずれかだったかもしれない。
それほどまでにその場の獣人族達を萎縮させたゲンホルドは、表情はそのままに、館長を蹴り飛ばした。
ドゴンッ!
「ゴフッ」
鈍い音と共に、館長が館の壁に当たりズルズルと床に崩れ落ちる。そしてすぐにゲンホルドが激高した。
「この大馬鹿者がああぁぁっ!!」
ゲンホルドの叫びに、護館の兵一同は身を縮こませる。
「きっ、貴様らは神獣様になんという事をしてくれたのだ!!」
ダァンッ! とゲンホルドは床を踏みしめる。さらに表情は険しいものとなり、殺気に近い程の圧力を周囲に撒き散らした。
「し、神獣様と言うのは……」
恐る恐るタジルが尋ねると、射殺さんとばかりに、ゲンホルドの視線がダジルに向けられる。
「速鳥で報せてあった筈だぞ! 白い狼を見つけ次第丁重に確保し、本国に連絡を入れろとな!!」
それは一月程前に獣人国全体、ここオーサカにある獣人族護館にまで届けられた最重要事項だった。
白い狼を発見次第本国に通達、側に人族がいた場合も敵対せず同行を求め、本国からの連絡を待てと。
「はっ! それは勿論把握しておりますが……で、ですが彼女は獣人族で──」
「神獣様であれば人の姿になる事など造作も無いわ!!」
タジルの弁明の言葉を遮り、ゲンホルドは声を荒げる。それに対してタジル一同はただただ頭を床に擦り付ける事しか出来なかった。
「ああっ! くそっ!! なんと言う事を……」
ゲンホルドは足音を大きく鳴らしながらその場で右往左往する。その様子を見てタジルは、尻尾を切られるどころでは済まないのでは? と、冷や汗を止める事が出来なかった。
ゲンホルドがウロウロしていると、その部屋に新たな獣人族がノックもなしに入ってきた。見た目からして護館の獣人族ではなく、ゲンホルドの護衛に着いていた人物の1人だ。
「ゲンホルド様! 件の人物の情報を集めてまいりました!!」
「話せ!」
ゲンホルドは館長の話の裏付けと、その人物の所在を部下に命じていた。護館の連中は、事が起きた後は館に引きこもり、その後のシロコの足取りを知らなかったためである。
ゲンホルドの言葉を受け、部下は街で聞いて来たシロコ達の事を話す。
「はっ! その人物は人族のタクミと、獣人族のシロコと名乗っており、冒険者ギルドの所属となっております!」
その言葉を聞いて、ゲンホルドは再び地面を踏みしめる。
「冒険者ギルドに神獣様が所属しているだと!? なんという事だ……今は何処におるのじゃ!?」
「はっ! 宿は既に引き払い、現在ギルドの依頼を受けているものと思われます!!」
「儂は何処におると聞いている!!」
「も、申し訳ありません! そこまでは……今すぐ冒険者ギルドで聞いてまいります!!」
部下は依頼の詳細までは把握しておらず、現在はこの街にはいないと言うことまでしか聞いていなかった。そこまで重要視していなかった部下は、慌ててギルドに向かおうとするが、再びゲンホルドが大声で叫んでその足を止める。
「儂が直接向かう! 2人程ついて来い!!」
ドスドスと足音と鳴らし玄関へと向かうゲンホルド。その様子を見て、慌てて護衛の2人がその後を追いかけて行った。
・
・人族冒険者ギルド・
午前中の依頼受付の混雑が終わり、のんびりと書類の整理をしている冒険者ギルドの受付嬢のフウノに、ギルマスのマリオが話しかける。
「なんか珍しい客が来たんだって?」
「ええ、獣人族の方がお見えになられました。タクミさんとシロコさんの事を聞きに来たみたいで、今はこの街にいないと伝えたところ、帰って行きましたが……」
「ん? 護館の連中か? ここしばらく外でも見かけなかったが」
ギルド前で起きた騒動から今日まで、ギルドでは勿論の事、街中でも護館に勤める獣人族は見かける事が無かった。
「いえ、獣人国からの兵隊さんでした」
「本当か? 面倒な事にならなきゃいいが……」
護館の獣人族ではなく、獣人国からの人物が訪ねてくるなど、オーサカのギルドにとって初めての事であった。
「シロコさんの引き抜きとかですかね?」
フウノはなんとはなしに話す。獣人族関連に繋がるのは、やっぱりシロコに関する事なので、フウノは自然とそう考えた。
「いくら獣人族でも、登録したばかりで引き抜かれるのは勘弁してもらいたいな」
ガリガリと頭を掻きながら、マリオはため息混じりに言葉を溢す。
「新作のお饅頭、シロコさんにあげたかったんですけどねえ……」
実はギルドの職員達に、シロコは密かに人気を集めていた。
タクミ達はこの街に着いてからの10日間、図書館だけでなくギルドにも時折顔を出しており、その度シロコが菓子を強請っていた。そうなると、毎回タクミが申し訳無さそうな顔をしながら菓子を貰いに来るのである。
3回目くらいから金銭で買わせて欲しいと言ってきたが、嬉しそうに菓子を頬張るシロコに、獣人族の怖さなど全く感じられず、その姿に母性本能をくすぐられた受付嬢達は、金銭は不要だとタクミを突っぱねていた。
「なんだ、いつの間にシロコと仲良くなったんだ?」
マリオは不思議そうな顔をする。
「直接お話はしてませんけどね。彼女を見ていると獣人族なのが嘘みたいです」
「まあ、ここに来てる時は菓子を食ってるだけだからな」
マリオとフウノは互いに笑い合う。
そんなのんびりとした空気が流れる中、ギルドの扉が、バァン! と勢いよく開かれた。
そしてまた珍しい異種族の客が、早足で受付嬢のところまで来る。
「ここにシロコと言う人物はいるかしら!?」
エルフと。
「タクミと言う冒険者は何処いる?」
魔族だった。
「えっ!? あ、あの……」
急な出来事に狼狽えるフウノ。その横に立っているギルマスのマリオもポカンとした表情で固まっている。
「ここにシロコと言う冒険者がいる筈よ! とにかく──」
「失礼する!!」
エルフが急かすように話すその言葉を、またギルドの扉が開いて新たな人物がそれを遮った。
「儂は獣人国宰相ゲンホルドと申す! シロコ様が受けた依頼の詳細を……魔族とエルフが何故ここにいる!?」
獣人族まで来た。
(えっ!? なにこれ!? 何が起きてるの!?)
ギルドの受付嬢フウノは、度重なる異種族の来客に、ただオロオロと狼狽える事しか出来なかった。
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