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57.夜中の出来事


 オーサカを出てから二十日程、特に問題も起こる事なく馬車は進んで行く。


「いや、問題だな……」


「ほれ、さっさとそこの飛車を我に献上せい」


「くっ、もうちょい待って……」


「ふふん、無駄な足掻きを」


 タマちゃんはこの道中でみるみるうちに将棋の腕が向上した。今ではまだ俺の勝率は9割以上あるが、どんどんと俺の戦法を吸収するので、下手に手を晒すのも危ぶまれる。


「しょうがない、その代わりに俺は桂馬を頂こう」


「では有り難く頂くとしよう」


 シロコ(タマ)が口の端を釣り上げて俺の飛車を取っていった。中身が違うと笑顔を種類もこんなに違う物なのかと思う。

 ちなみにもう一つの中身はお夕寝中。


「タマちゃん飛車好きね」


「この動きはドラゴンに通ずる物があるからの」


 角じゃ駄目なのかしら。


 タマちゃんと会話しながらも手は進んで行く。最近穴熊戦法とまではいかないが、自分の王を守る事を覚えてしまったので、俺はタマちゃんの玉将の周りを少しずつ削ってる最中だ。


「それならシロコは香車だな」


 犬なのに猪突猛進とはこれいかに。だが、それ以外に例える駒が無い。


「ほぅ、上手い事を言うではないか。ではタクミは何とする?」


「そうだな……今貰った桂馬とか?」


「使い道が少ないという事じゃな。ほれ、金将も寄こすが良い」


 酷い事をおっしゃる。タマちゃんは俺の事をそう思ってるのか……。

 それにしてもガンガン攻めるねえ、自分の王はまだ安全だと思ってるんだな。


「その考えならまだまだ将棋で負ける訳にはいかないなぁ。はい、王手」


 数手前にタマちゃん自陣から頂いた桂馬で王手をかける。タマちゃんの玉将は、自分の駒で一歩も動けない状況だ。それでいて俺の桂馬を取れる駒もない。


「なにっ!? ぬぅ…………待った」


「待ったは後1回だぞ。おや? 今夜の野営地が決まったのかな?」


 馬車が止まった、気がつけば外は夕方になっている。夜になっても月が3つあるせいか、結構明るいままだから意外と気がつかない。


「ふむ、では勝負は次の機会じゃな」


 そしてグシャグシャされる盤面。実は俺の方が危なかったんだけどな。


「んじゃ外に出るか、シロコ……は晩飯だから寝かしとくか?」


「食器を使うのを面倒がるとはいえ、味は分かるのじゃ。シロコが拗ねるぞ」


「それもそうか……シロコ! 御飯だぞ!」


「ごはん!」


 一瞬にして入れ替わるシロコ(シロコ)を連れて馬車から出る。火の準備をしているあたり、ここが今日の宿泊場所の様だ。


 俺も手伝うべく火起こし集団に近づくと、マックさんに話しかけられた。


「よう! 調子はどうだ?」


「特に問題も無いですよ、マックさんも手伝いですか?」


「いや、タクミも手伝わんでいいぞ。というよりそれは中位以下の仕事だ、2人はどかっと座ってろ。まったく、チョコチョコ手伝いやがって……」


「じっと待ってるのは悪い気がしてしょうがないんですよ」


 シロコは手伝う気配全く無いがな。


「示しがつかんからあまり手伝わんでくれ。どちらにしろ、この場所は前に使ったやつの後が結構残っているからすぐ終わると思うぞ」


 周りを見てみると確かに、石で積んだかまどの後が残っている。


「本当ですね」


「多分先日すれ違った獣人族の奴らだろ、ゆっくり待とうぜ」


「分かりました。あっ、今夜の見張りは俺達の番でしたっけ?」


 夜は4、5人でローテーションを組んで見張りを立てている。もちろん俺と組むのはシロコだ。


「ああ、しっかりと頼むぞ」


「前金も頂いてますしね、頑張りますよ」


 毎日食っちゃ寝させて貰っている手前、これくらいはちゃんとやらねばなるまい……。



 …

 ……

「そうやって気合入れても、やる事はあんま変わらないんだよな……」


「何を言っておる? タクミの番じゃぞ」


「はいはい」


 馬車の中ではなく、火の前でタマちゃんと将棋の続きをしている。


 見張りは、馬車やテントを中心に外側に三箇所。炊き出しに使った火を貰って見張りをしている。シロコは飯を食ったらさっさと寝やがった。


「月が3つあるからこの火だけでも充分に出来るな」


「シンちゃんも、空を見上げるたびにそのような事を言っておったの。タクミの世界にはいくつあるのじゃ?」


「一つしかないよ」


 いくつもあってたまるか。


「それはつまらんのう」


「複数あったら面白い物でもないないだろ……」


 いや、10個くらい夜空に月があったら逆に笑ってしまうかも。


「さて、そろそろかの。タクミ、シロコの口を拭っている布を貸せい」


「え? なんで?」


 なんの脈絡もなく、タマちゃんに布を貸せと言われる。特にに汚れたりはしてないけど?


「いいから寄越せ、この勝負は我の優勢じゃからの」


「よく分からんが……まあいいや、はい」


「うむ」


 タマちゃんは俺から布を受け取ると、そっと目の前のお手製将棋盤に被せて石を乗せた。マジックでもするのか?


「何してんの?」


「風が起きたら崩れてしまうじゃろう?」


「いや、風なんか吹いてないし、俺達が駒を動かせないじゃないか」


 まったく意味がわからない。


「風が起こる事があるという事─じゃっ!」


 ドゴンッ!


 タマちゃんがいきなり立ち上がったかと思うと、後ろに振り向いて拳を振りぬく。

 すごい音がしたぞ……。

読んでいただいてありがとうございます。

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