54.道中でやらされる
俺達が乗る馬車は数ある中で1番後ろを走るものになった。馬が引いて走る速度が遅いと感じてしまった俺は、もうこの世界に毒されているのかもしれない。
御者のおじさんは気のいい人で、獣人族だと思われているシロコにお菓子をくれた。どこかでシロコの事を聞いたんだな。この獣人族は、食い物を与えておけば大人しいとか噂されてなければいいが……。
そして馬車に乗り込んで3時間程経っただろうか、乗り慣れていないせいか、いい加減尻が痛い。
「馬車って結構揺れるもんなんだな」
『我も馬車に乗るのは初めての経験じゃ』
「そりゃドラゴンの身体じゃ無理だろ」
あのサイズは頭すら入らない。
『何もせずとも勝手に移動するのは、新鮮な感じじゃな』
最初は飛んで行った方が速いと文句を言っていたタマちゃんだったが、意外とこの状況を楽しんでいる様だ。
「シロコも最初はご機嫌だったんだけどな……」
「……スピィ」
当のシロコは現在俺の膝を枕にして眠りこけている。
出発して最初の1時間くらいは外の景色を眺めながら尻尾をブンブン振っていたのに、飽きてからはこの通り寝てしまった。
よくこの揺れの中で寝れるものだ。
「ふむ、丁度良い」
あ、タマちゃんに入れ替わった。
頭を撫で撫でしていたのに、シロコ(タマ)は起き上がってしまう。
「何が丁度良いんだ?」
「常に魔力を巡らせる癖をつけておけ、時折我が殴るから上手く防御してみせい」
いきなり何を言い出すんだこの暴君は。
「な、何故に?」
「タクミはギルドでシロコの攻撃を受ける際、事前に魔力を練ったであろう? そうせずとも常に巡らせておれば、即座に発動できる」
「身体全体の身体強化を常時しとけって? それすんごい疲れそうだけど?」
雪山の移動の時は地面を蹴る瞬間だけやってたから何時間も持ったけど、そうじゃないならすぐに干からびるぞ。
「身体強化だけではない、両手の刻印で練った魔力も常に巡らせろ。魔力量は少量で良い」
「えぇ、面倒─わ、分かったよ……」
ぶつぶつと不満を垂らしながらも言われた通りにする。だってもう目の前でタマちゃんが拳を握ってるんだもん……。
「……こんな感じ?」
「うむ、今日から常にその状態を続けるのじゃ。慣れれば寝ている時も保てる」
「マジっすか……」
「シロコは常にそうしておるぞ」
「それってタマちゃんがサポートしてるからじゃ……ハイ、ガンバリマス」
拳を振り上げないで下さい。
確かに魔力量を減らせば大して疲れはしないけど、これメンドイぞ。水を入れたコップをずっと持ち続けてる様なもので、ストレスが溜まる。
「試しにその状態で何か発動してみせい」
「えっ? ……じゃあ、この種を1つ失敬して」
荷馬車の床に落ちていた小豆みたいな種を拾い上げる。多分荷物を積んでいる時に落としたんだろう。
その種を、身体強化と風の魔力で練った力で馬車の外、後方に弾いてみた。
「おおっ!」
種はピシュッと勢いよく飛んでいく。確かに魔力を練る感覚が短くなっている。
これはあれだな、自動車でいうアイドリングの状態だ。
「確かにこれは慣れれば便利だ─あっぶねえ! そして痛い!」
ガンッとタマちゃんから繰り出されたチョップを受け止める。いきなりだったから不恰好に腕で防いだだけだ。
「ふむ、これに反応できるなら巡らせる魔力量はそれくらいで構わんじゃろう。攻撃を受ける際に、更に強化をするのを忘れるでないぞ。痛いで済まなくなるかも知れんからの」
「お、恐ろしい事を仰る……」
のんびり気軽な護衛の旅が、一転して修行の旅に変わってしまった。このご時世に修行パートは流行らないよタマちゃん。
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