52.初めての依頼
「ここの宿って後何日取ってあったっけ?」
宿の食堂にて朝食中のシロコ(タマ)に尋ねる。
「知らん」
「おおぅ、つれない」
考える素振りすらしないとは。
「明後日までですね! ご延長なさいますか? なさいますよね? はい、食後のお茶です!」
「あ、ありがとう、ティナちゃん」
キャーキャー娘が代わりに答えてくれた。
「いえいえ、それでどうしますか? なんならここで結婚式とかしちゃいます?」
何故に宿屋で結婚式を挙げなければいけないのか。一度この娘の頭の中を覗いてみたい……いや、ピンク色に染まってしまう恐れがある。やめておこう。
「はは……まだ保留かな。今日明日には予定を決めるから、ちょっと待っててもらえる?」
「むー、分かりました。けど、この街にいる時は絶対他の宿を利用しないで下さいよ?」
「……ソウスルヨ」
「あっ! なんか適当に言いましたね!? 駄目ですよ! 私には2人の愛の行方を見守らなくちゃいけない使命があるんですから!!」
両肩を掴まれて、ブンブン揺すられながらそんな事を言われる。いつからそんな使命を背負ったんだこの娘は……。
「お前さま、そろそろ行くとしようかの」
「そ、そうだな。ティナちゃん分かった、分かったからもう離しておくれやす」
「駄目です! この宿を使うと明言するまで離しません!!」
客の呼び込み(物理)とか、とんだ暴君だ。
「はい、この街に滞在する時はこの宿を利用させてもらいますです」
仕方がない、ここはそういう事にしておこう。まあ、他の宿を探すのも面倒だしな。
「それなら良かったです! じゃあ今日も元気に行ってらっしゃいませ!!」
「イッテキマス……」
やっと解放された……頭揺すられすぎて目が回っとる。恋に恋する乙女の力は凄い。
…
『さて、今日はどうするのじゃ?』
「としょかん、つまらない!」
宿を出るなりシロコに変わったか。そしてすかさずシロコの抗議。
まあ、シロコとってあそこは面白くもなんともないだろうな、逆に良くここまで我慢したもんだ。
「安心しろ、もうここの図書館に用は無いよ」
「やった!」
『ではどうするのじゃ?』
「他の国の情報も欲しいし、冒険者ギルドに行ってみるか。あそこの御飯はシロコもお気に入りだろ?」
「いく!」
『ふむ、では菓子も強請っておけ』
「あのバスケットいっぱいのお菓子が2日で無くなるとはな……」
少しづつ与えるつもりが、いつのまにか無くなっていた。タマちゃんの協力を得てコソコソ食いおってからに……。
…
……
そんなこんなで冒険者ギルドに到着。中に入ると、一瞬ザワッ……とした後静かになってしまう。
これは前回シロコがやらかしたせいだな、俺は悪くない。
とりあえず掲示板でも見てみるかと歩を進めるとマックさんが突撃してきた。後ろにギルマスのマリオさんもいる。
「おお、ちょうど良かった! おや? その顔は獣人国に護衛の仕事に行きたがってる顔だな? それは良かった、良い仕事があるぞ!」
いきなり何を言いだすんだこのマックは。
「そんな説明の仕方があるか! ……すまんなタクミ、話しがあるんだが少し時間を貰えないか?」
「はあ……まあいいですけど」
ギルドに入るなり別室に案内される。あっ、お菓子下さい!
…
「獣人国までの護衛依頼ですか?」
「まあ正確にはその途中にあるエラン村まででいいんだがな、そこまで行けば獣人国側の冒険者と交代出来るんだ」
ギルマスがマックさんに代わって説明してくれる。
「直接獣人国まで行かないんですね?」
「獣人国までは馬で片道2ヶ月かかるからな、さすがに往復4ヶ月は依頼料も人手も足りんよ」
エラン村ってのは貿易の中間地点みたいなものか。
「それで、どうして自分にこの話を?」
「いやな、いつも獣人国に向かうには、護館から獣人族の護衛を借りるんだが、どうにも連絡が取れなくてな。護館に訪れても追い返されるんだ」
「何かあったんですか?」
「それがまったく分からん、寧ろタクミが何かしたんじゃないのか?」
「俺がですか? あれ以降獣人族の人達には会ってませんけど。護館の場所も知りませんし」
「そうか……まあそれはいい、そういう訳でエラン村までの獣人の護衛がいないんだ。どうだ? 護衛料は2人で100万出そう」
これは美味しいか?
「ちなみにエラン村まではどのくらいかかるんですか?」
「馬で約一月といったところだな」
2人で月給100万はかなり美味しい話だな……。
「結構高額に感じますけど、裏があったりします?」
「いや、急な話でもあるし、護館への依頼料も浮くからな、それに比べれば安いもんだ。受けてくれるならさらにこの新作の饅頭を付けよう!」
あ、大人しく茶菓子をモクモクしてたシロコの尻尾がブンブンと……。やるなマック、シロコの扱い方を分かってきている。
獣人国か……まあ一度は行かなきゃならんだろうしせっかくの機会だ、金も手に入るならありだな。
「ちなみに出発はいつになるんですか?」
「受けてくれるのか!? 出発の予定は本当は2日前には出る予定だったんだが、護館がこういう状況で出られなかったんだよ。だから出ようと思えばいつでも出られる」
「さすがに今からってのは無理ですけど、宿は明後日まで取っているので、その分出してくれるなら明日から受けてもいいですよ」
「おおっ、それは助かる! それくらいならギルドから出そう。いや、ギルドに顔を出してくれて助かったよ! 今日も駄目だったら魔族かエルフの護館に行くところだったんだ」
「そこじゃ駄目なんですか?」
「駄目って訳じゃないが、エラン村で獣人族と鉢合わせしたら、下手すると殴り合いになりかねん」
「なるほど……」
「あいつらが大人しくしてるのはこの街だけだからな、余計な諍いは起こさないに越したことはないだろう?」
確かに戦争中の国にその相手を連れて行くのは、争いの種にしかならんな。
「分かりました、では明日はここに来ればいいですか?」
「ああ、時間も今くらいの時間で構わない、案内をここに置いておく。いや、本当に助かったよ」
「いえ、では明日また来ますね」
「ああ、よろしく頼む」
とりあえず今後の方針は決まったな、エラン村まで護衛として向かい、そこから獣人国へ行く。色々不安はあるが、まあなんとかなるだろう。
最後にギルマスと握手を交わして客室から出る……事は出来なかった。シロコが着ぐるみを掴んでいる。
分かったよ、饅頭が先払いで欲しいんだな……。
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