50.ばったり
オーサカより北にある村。
この村にある唯一の喫茶店の店員は、客がいなくて暇を持て余していた。
その客のいない店内に、扉の鐘がカランカランと来客を告げる。
「いらっしゃいま……せ」
いつもの様に客を出迎える店員だったが、入って来た客を見て声を詰まらせた。
「あ゛あ゛あ゛……ネネちゃん、南国育ちの私にこの土地はキツイっす」
「だからオーサカでもっと服を買えと言ったんだ、私のせいではない。ミネイが悪い」
「これで勇者を見つけられなかったら凍え損っすよ。あ、なんかあったかい物下さい」
「は、はい。ただ今お持ちします」
初めて来た魔族の来店に狼狽える店員対して、普通に注文をするミネイ。そしてその流れのまま2人共テーブルに着く。
「獣人もエルフの国も特に動きを見せていない様だからな、いる可能性はあるだろう」
「ここまで来て言うのもなんですけど、いいんすか? お姫様が私と2人だけでこんなとこまで来て」
「仕方あるまい、転移が使えるのは私だけで、1度に運べるのは3人が限度だ。2人の方が距離も回数も稼げるのだからな」
「便利ですけど、痒いとこに手が届かないって感じっすよねー」
「特に私の国は人族が住む場所の真南なんだ。他の国を刺激しない様に来るには、この方法しかないだろう?」
「確かにあそこは平地だから一気に距離稼げたっすね。眼に映る範囲まででしたっけ? 転移できる距離って」
「ああ、だからこの山だらけの土地で距離を稼ぐのは難しいな。山頂に行っても、雲と霧で視界が晴れん」
「本当は1度晴れた日にやってみたら、全身雪に埋まったのがトラウマなんじゃないっすか?」
「う、うるさい!」
カランカランッ。
2人の魔族が席に着いて間もなく、新たに訪れた客を鐘が知らせる。
「うん? こんな村の茶屋でも、昼から客は来るもんっすね」
「そうだな」
店員は魔族に出すお茶を運びながら、魔族しか客のいない店内に追加された来客に喜んだ。
「いらっしゃい! ……ま……せ」
だがその希望は崩れ去る。追加された客は、これまた初めてこの店で迎える人物であった。
「この村も外れみたいね」
「でも村長から貰ったこの干し芋は、中々の美味ですよ? ……モグモグ」
「なんで速攻で食べてんのよ!」
エルフの客が来た。
「店員さん、この干し芋に合うお茶を下さい」
「飲食店に食べ物を持ち込まない! ごめんなさいね、うちの者が……」
そして魔族とエルフの視線が交差する。
「魔姫ネネリカ!! なんでここに!?」
「才女と名高い第二王女キリアか、偶然だな。……いや、そうでもないのか」
キリアは一歩下がり攻撃の構えを取る。それに対し、ネネリカは椅子に座ったままキリアを見つめた。
「…………」
「…………」
沈黙による静寂と緊張した空気が店内を包む。
その長い沈黙を破ったのは、店員が落とした湯呑みの音だった。
カシャンッ!
「す、すみません!」
その音がきっかけか、少し互いの雰囲気が弛緩した。
「…………やめましょう、ここは人族の土地よ」
「賢明だな」
「貴女もごめんなさいね? 食器代は弁償するから、私達にもお茶を頂けるかしら?」
「は、はい!」
店員は急いで割れた湯呑みを拾い、慌てて奥に引っ込んだ。
そしてキリア達は、ネネリカの近くのテーブルにどかっと座る。
「どうやら魔族もまだ見つけてはいない様ね」
「自ら情報を開示してくれるとはな、私は何も言うつもりは無いぞ?」
「王姫の連れが1人で、さらにこの場所にいるっていうのが充分に物語ってるわよ」
「ふっ、まあそうだな。それでどうする?」
「どうするって何よ?」
「決まってるだろう、私の邪魔をするのかしないのかだ」
また緊張した空気が流れ出す。
「……別に貴女がしなければ、私は何もしないわ」
「では早い者勝ちという事だな」
「この山だらけの場所で貴女に見つけられるのかしら?」
「互いの転移性能にそれ程差は無いだろう? そちらは身体を暖めるのに難儀してるのでは?」
「…………」
最初に比べてやや緊張感は緩くはなっているが、それでも只ならぬ空気が2人の間に流れる。
そのせいで店員は、新しいお茶を持って来たにもかかわらずいまだ出せずにいた。
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