48.進化したタックル
というわけでギルドの修練場に来ました。
ギャラリーもいっぱいだなあ……もう目立ちたくないって希望は儚く散ったな。
「それじゃあマックさん、俺は何をすればいいですかね?」
「そうだな……というかあの姉ちゃんはあのままでいいのか?」
あの姉ちゃん、シロコは修練場の壁際にある椅子に座り、膝の上に茶菓子を沢山乗せてご満悦だ。あれで拗ねることもあるまい。
「ええ、お菓子ありがとうございます」
「それは別に構わないが、さっき昼飯食ってたよな? 大盛りで」
「……女性は甘い物が別に入る胃袋があるらしいですよ?」
「そ、そうか……」
もうシロコは大食いキャラにしてしまおう、誰かに餌付けされてしまわないか心配だが……って、誰もシロコに近づかないな、ありがたいけど。
「獣人族って嫌われてるんですか?」
「ん? まあ獣人国に向かう護衛の道中はギスギスしてるな、大抵の獣人は人族を見下してるからな。タクミもあのタジルになんか言われてただろ?」
「あんなのばっかりなのか」
「だからタクミがあいつを蹴っ飛ばしてくれて胸がスッとしたぜ!」
ニカってサムズアップされた。
「それは宜しゅうございました……じゃあ誰かを蹴っ飛ばすって事でいいですか?」
「うちの冒険者を潰す気か! ええっと、そうだな。うちは剣の使い手が多いから、とりあえずあの試し打ち用の大板で何か見せてくれ。 タクミもその腰の剣を使うんだろ?」
この虎の脂でテッカテカのやつか。
「分かりました、それでいきましょう」
力任せにぶった切ればいいか。
…
「この板ですか?」
「ああ、それだ」
目の前には、両端から縦線の入ったデッカい板が地面に突き刺さってる。幅2メートルくらいの長さだな。
「この左右にある線の目盛りで威力を測ってるんですか?」
「まあ見りゃ分かるわな、その通りだ。ちなみに上位冒険者の試験では10目盛りが最低条件な」
10目盛り、大体50センチくらいか、板の厚さから考えると結構凄いね。でもマックさんがそう言ったって事は、それを越えろって事だよな……。
「んじゃいきますね」
剣を抜いて板の前で構える。うわ、すげえ注目されてる。シロコ以外。
「おい、お前あれいくつだった?」
「おれは最高8だな……」
「マックさんが最高14だっけ?」
「シッ、始めるぞ」
これ変に手加減して恥かくのもやだな……いいや、思いっきりやっちまおう。
魔力を練って~練って~。
「ふんっ!」
ボギィィンッ!! ……ドスッ。
……上下に真っ二つにしてしまった。……どうしよう。
「あの蹴りもそうだったが、すげえな……」
「…………」
「え? は? マジで?」
「嘘だろ?」
この空気はやばい、やっぱりやりすぎたみたいだ。なにか、何か言い訳を!
「あ、あー。今日は調子が良いいなー、この剣のノリも良かったしー」
我ながら苦しい。
「なあタクミ、ちょっとその剣貸してくれないか?」
「え? ええ、構いませんけど」
周りがザワザワする中、剣の持ち手をマックさんに向けて渡す。
「ありがとよ。……うお! こりゃすげえな。この剣、魔力伝達率がハンパないぞ、すげえもん持ってんな。 よっと、ちょいと失礼」
マックさんが剣を肩に担いで上下に割れた板に近づく。
「シッ!」
ドスッ!!
上半分が無くなった板に斬りつけた。目盛りは……20だ。
「おお! あっさり記録更新したぜ!! ……だがこれは物凄く燃費悪いな。俺じゃまともに使えそうに無いわ」
ありがとよ、って剣を返される。
「あの武器が凄いのか……」
「ばか、それでもマックさんは20だっただろ」
「上位冒険者がまともに使えない武器ってなんだよ……」
お、剣のお陰って事に出来そうだ。
これでなんとか誤魔化し(クイクイ)……誰だ俺の着ぐるみを引っ張る奴は?
「……シロコ、どうした?」
「おかしなくなった!」
「結構な量あったよな?」
食いしん坊キャラが止まらない。
「お、獣人の姉ちゃんも何か見せてくれるのか?」
今度は何を言い出すんだこのマックは、林檎の会社に返品するぞこの野郎。
「いやいや、獣人族に強さの証明はいらないでしょう?」
「それもそうなんだがな、だが2人共強いって所を見せてくれてもいいんじゃないか?」
「えぇー…」
「?」
見ろ、シロコがキョトンとしてるぞ。コイツに何かさせるって、厄介な事にしかならないぞ。
『ふむ、面白そうじゃな』
あ、まずい。
「こら、タマちゃん! 今度は何をする気だ」
ギャラリーに背を向けて、また小声で抗議。
『ここで力を見せつけておけば、シロコにちょっかいをかける奴もおるまいて』
「獣人族ってだけで充分避けられてるじゃん」
『では遠避けるまでにしておこうかの。 シロコ、アレを見せれば菓子を追加でくれるそうじゃぞ?』
「やる!!」
何だよ!? アレって何だよ!? おれの知らないとこで2人共いつも何やってんだ!?
てかシロコ、お前は最近タマちゃんに乗せられすぎだぞ!
「あー…なんか姉ちゃんがやってくれんだよな?」
シロコの声が聞こえてしまったか……。
「お菓子をくれればやるそうです……」
「お、それでいいならいくらでも用意するぞ!」
「今度はあの獣人族が何かするみたいだぞ」
「白い髪の獣人族って初めて見たけど、凄いのかな?」
畜生…味方がいねえ……。
…
『ではタクミ、あの板の向こうに立て』
「え? 何でだよ?」
『いいから言う通りせい。シロコのやる気が変わるし、被害も抑えたいであろ?』
「また不穏な事を…もう好きにしてくれ……」
ブツブツ言いながら、言われた通りに上半分が無くなった板の反対側に立つ。
そしてシロコがその向かいに移動して俺がいる方向に体を向ける……。あ、嫌な予感しかしない、もうちょっと離れよう。
「なんだ? あの板を拳で破壊するのか?」
「獣人族ならまあ折ることは出来るんじゃね?」
「でも向かいに立たせる意味ってなんだ?」
ギャラリーもなんかあったまってんなあ……。
『ではシロコ、準備は良いか?』
「わん!」
ブゥワッッ!!
チッチヂチチ……
シロコ? お前頭がなんか凄い事になってるぞ? 腰まであった髪が全部上に向いちゃって、どこぞのペガサス昇天MAX盛りヘアーだ。ん? 合ってるか?
「し、シロコさん? 何をする気で──」
『良し、行け!』
「わん!!」
チュンッ
バキャアアンッッ!!!
「あっぶねええええ!!」
板を粉砕してシロコが突っ込んできた!
ドォン! ズシャアーーー……
なんかパリパリしてるシロコを全力で受け止める。前もって身体強化して良かった、こんなん強化してなかったら反応出来ないぞ。
……ドンッ。
「ゲフッ」
シロコを受け止めたまま地面を滑り、修練場の壁で止まる。胸元にいるシロコは俺を見上げて何故かご満悦だ、褒めろってか?
「お前はアメフト選手になれるな……」
尻尾ぶんぶんのシロコの頭をひと撫で。
「…………」
「…………」
「…………」
「ギャラリー全員ドン引きじゃねえか……」
シロコを連れてマックさんのところへ戻る。
「……こんなんでいいですかね?」
「あ、ああ……タクミは大丈夫なのか?」
「あー…、この毛皮も特別製なもんで」
防具屋の人もそう言ってたし。
「あ、俺防具屋で聞いたぞあの毛皮、凄いもんらしいぜ」
「剣といい凄い装備だな……」
「あの攻撃まったく見えなかったぞ……」
「あの変なローブも相当らしいぞ」
これは……あのポニテだな。個人情報だだ漏れじゃねえか。
「さすがだな。おい、これで文句無いだろう?」
「え? あ、ハイ。いや、別に疑ってた訳じゃ……」
「すっげえ……」
何故かマックさんが修練場にくる原因になったチャラ男グループにドヤ顔で言った。解せぬ。
「それじゃあもういいですかね?」
「ああ、わざわざ悪かったな。おいっ! お前らも散れ散れ!」
マックさんが解散宣言、ザワついたままのギャラリーが散っていく。
「はぁ、やっと解放されたな。んじゃ行くかシロコ」
出口に向かって歩き出すが着ぐるみを引っ張られる。
「グエッ。…何すんだシロコ」
「おかし!」
そうだったな……。
「マックさん……」
「あ、ああ、今持ってくるよ」
マックさんが頭を掻きながら、菓子を取りに受付の方へ歩いていく。
うちの子がすみません……。
読んでいただいてありがとうございます。




