39.熊の真空飛び膝蹴り
冒険者ギルドの建物から犬耳のカッパが飛び出てきました。
これ、ヨウツベに上げたらいい感じでアクセス数稼げそうだな。
カッパは野次馬に囲まれて、その頭皮を惜しげもなく観衆に晒している。
「け、喧嘩ですかね? けどなんで獣人族の人が?」
「さあ? そういう年頃なんじゃない?」
「それにあの頭……病気かしら?」
「いや、あれはきっとそういう種族なんだよ。そっとしておやり……」
『ヌケヌケとよう言うたものじゃの』
お、誰かギルドの中から出てきた……って、茶耳君じゃないか。
「何があの強さはギルドの上位冒険者だ! あいつは登録などされていないではないか!!」
「い、いえ、ですが…そうであるとしか考えられません……」
「たとえそうであっても、お前は人族の冒険者如きにやられたと言うのか!? それでも護衛隊長か!!」
あのカッパ、そんな立場だったのにストーカー行為をしてたのか。いや、あれは茶耳君の指示か。
周囲の視線も御構い無しに、カッパに罵詈雑言をぶつけている。
おーおー、自分が事の原因なのによくもまあああも部下を怒れるね。あんな上司はまっぴらごめんだな。
「そもそもお前が簡単に連れて来ると……!?」
あ、やべっ。目が合った。
「貴様!! やはりギルドの冒険者だったのか!!」
やはりって何だよ、さっき登録されてないって自分で言ってたじゃねえか。
「ティナちゃん、そろそろ宿に戻ろうか? 街の案内助かったよ」
「えっ!? あれ? あの獣人の人、お兄さんを指差してません?」
「いや、あれはきっとそういう種族なんだよ。そっとしておやり……」
「えっ? そうなんですか?」
「俺を無視するなあ!!!」
「……やっぱりお兄さんの事呼んでますよ?」
「誤魔化せなかったか……」
『何故それで誤魔化せると思った』
あー、めんどくさい。なんで昨日の今日でこの茶耳に、街の観光を邪魔されなければいけないのか。
昼の事も含めて、ちょっとイライラしてきたぞ……。
「おい! 貴様!!」
いつの間にやら茶耳が目の前まで来てた。
なんか目も血走ってて鼻息も荒い、犬耳も相まって、もうただの変態にしか見えなくなってきたぞ。
「はぁ、なんでしょう?」
「貴様は人族の上位冒険者だな!?」
「いえ、違いますよ」
「はあ!? じゃあなんでここにいる!!」
「何処にいようが俺の勝手でしょうに、強いて言うならこの街を観光してるだけですよ」
「ぐっ……お前は何者だ?」
「何者って、見ての通り唯の人族ですが、それが何か? それでは失礼しますね」
「っ! 待て!!」
「はぁー…、まだ何か?」
「……俺の部下が世話になったな」
「部下? あー、もしかして、俺達が朝から街を散策しているところを、たっぷりと昼まで後ろをウロウロしてた人の事ですか? あれって貴方の指示で? 覗きが趣味なんですか?」
「がっ……ぐぐっ……俺は…彼女を食事に誘う様、使いを出しただけだ……」
こいつ、煽り耐性無い上に、唯のヘタレじゃ無いか? ナンパする根性があるなら、ここで一発プロポーズでもすれば面白いのに。
認めないけど。
「それならもっと紳士的な使いを選んだ方がいいと思いますよ?」
「くっ……貴様ぁ……」
はっはっはっ、もうこうなったらとことん煽ってやるわ。
『……ふむ、飽きてきたな。シロコ、少し身体を貸せ。…いや、そうではない……なに、お前のご主人様が、お前の為に戦ってくれるそうじゃぞ? ……うむ……そうじゃ……ハッハッ、シロコは人気者じゃのう』
さっきまで欠伸してたシロコから、タマちゃんが不穏なことを言い出した……あ! 締まりのない顔からキッとした顔に変わった!!
俺になんの説明も無しで何する気だ!?
「シロ──」
「おい、そこの茶坊主」
「…は?」
ドゴオォォン!!!
シロコ(タマ)が茶耳を茶坊主呼ばわりした瞬間、地面を踏みしめた。その音と振動で周りが静寂に包まれる。
土の地面から出せる音じゃないぞ? てかお前、足埋まってないか!?
「先程からなんじゃ、我を食事に誘うだと? 身の程をわきまえろ、小童が」
あら辛辣。
「そ、その力は…やはり僕の目に狂いは無かった……あ、貴方は何故こんな人族と一緒にいるんですか!?」
「何故? 獣人の雌は、強い男に惹かれるのが当たり前じゃろう?」
そう言いながら俺にしなだれかかってきた。
あすなろ抱きとは違って、これはこれで心臓に悪い。そんでティナちゃんが横でキャーキャー盛り上がってる。
「なっ!? そ、そんな棒切れを持たなきゃ何も出来ない─いや、持っても大したことの無い人族にそんな価値は無い! 俺は認めないぞ!!」
「何故貴様に認められなくてはならんのじゃ?」
「あ、貴方の力は獣人族の為にあるべきだ! 脆弱な人族に着いてはいけない!!」
「ふむ、貴様にはコレが弱く見えると?」
コレは酷いんじゃ無いか? てか茶耳も人族のディスり方が半端ないな。周りの殆どが人族なのが見えないんだろうか?
「そ、そうだ! 少しはいい剣を持っている様だが、お前はそれが無いと何も出来ないだろう!! 貴方は騙されてるんです!!」
あ、こいつフラグ立て始めやがった。
「ほう、それならば……」
シャンッ、と俺の腰からタマちゃんが剣を引き抜いた。そしてそのまま地面に突き刺す。
「では、お前さま。後は頼んだぞ?」
はっ?
「お、おい!こんな人が集まった場所で炎とか使えないぞ!? それにこの街では人族で通したいんだけど?」
カッパの時と同じく、小声で抗議する。
『服を強化したとでも言って殴っとけ、シンちゃんは鎧で全ての魔法を弾き飛ばしたぞ?』
この熊の着ぐるみでか? 無理があるだろ。
「はっ! よっぽどそこの人族に毒されている様ですね。いいでしょう、メッキが剥がれるところを見せて差し上げます!」
こいつはこいつでノリノリだなおい。
「し、シロコさんを巡って2人の男が争うなんて……キャー!」
こっちもこっちでノリノリだな……。
……仕方ない。
「はー…、なんでこう目立っちゃうのか……」
タシタシとシロコとティナちゃんから離れて茶耳とも距離を取る。
あ、すみません。そこの方、ちょっと離れてもらっていいですか?
「おい、いいのか? 俺としては剣を使ってもいいんだぞ?」
「あー、ダイジョブダイジョブ。んで、始めていいのか?」
「はっ! 獣人族に距離を取るとは無意味な事を!」
「あー…、そういうのいいから。んじゃもういいですかね?」
「くっ! いいだろう!! さっさとかかってーーッ!?」
…
「いやー、飛び過ぎた。またしても綺麗に決まったなぁ……あ、すみません、ちょっと通りますね?」
「は、ハイッ!」
「ヒッ!?」
頭をポリポリ掻きながら人集りに戻る。めっちゃ避けられてるな……。
また強化の加減を間違えたかも知れない、人垣を飛び越えてしまった。
人集りのぽっかり空いた中心で、茶耳は俺の真空飛び膝蹴りをまともに食らって、仰向けに倒れている。道路に転がってるカエルみたいだ。
あ、カッパが慌てて駆け寄った。
「お、おい…あいつ、獣人族を一発でのしちまったぞ……」
「剣も弓も使ってなかったよな?」
「あの熊の毛皮が武器なのか?」
野次馬がザワザワし出した……ティナちゃんには悪いが、もう飛んで逃げちまうか?
「カッカッカッ、いい攻撃だったぞ。茶坊主め、クルクル回っておったわ」
「お兄さん凄いです! ああ……やっぱり2人の愛を引き裂こうとする者は、熊に蹴られるのね……」
こっちも盛り上がってるな。
カッパが凄え睨んでるぞ。
「お、お前ら……こんな事をしてただで済むと思っているのか……」
カッパがテンプレ丸出しの負け惜しみを言っている。
「ほう、こんな事と言うのは。無謀にも我を求めた挙句、正面から挑んで返り討ちにあったと言う事か?」
「なっ!?」
「2度も簡単にあしらわれて、その様な事しか言えないとは、同じ獣人族として情け無いのう」
「くっ……」
「ほれ、そこの茶坊主を連れてさっさと行かぬか。今なら追う事はせんぞ?」
タマちゃん、キレッキレですね。
「ぐくっ……邪魔だ! どけ!」
カッパが茶耳を担いで野次馬を威嚇しながら逃げてく。
茶耳もあの性格から見るにプライドはボロッボロだろう、もう会わない事を願います。
読んでいただいてありがとうございます。




