37.ストーカー
ニッコニコ笑顔なシロコに、繋いだ手をブンブン振られながら街道を歩く。
なにこの羞恥プレイ……そこのお嬢ちゃん、指を指すのはやめて下さい……。
「シロコさん、もうちょっと大人しく歩こうか……」
「分かった!」
うん、返事は元気よく返ってきたが、動きに全く変化が見られない。
「もういいや……」
「あ! デミセ! デミセある!!」
「宿で朝飯食ったばかりだろうが……」
グイグイとシロコに引っ張られながら街の中を歩いて行く。そして途中で出店を強請られ、買わされる。
昼飯いらんなこれは。
…
『……はぁ、いい加減鬱陶しいの』
しばらくシロコと食べ歩きをしていると、タマちゃんがボヤく。
「うん? この串焼きはお気に召さない?」
『そんなものはどうでも良い、宿を出てからずっと後ろに付いてくる奴の事じゃ』
「え、マジで?」
2時間くらいウロウロしてるけど全く気付かなかった。
「?」
シロコもキョトンとしてらっしゃる。
周りを見てみても、それらしいのは見当たらないが……。
『さっきまでは屋根の上におったわ。面倒じゃ、ブレスで吹き飛ばしてしまおう』
「わー! だからそれはよせって!」
『それならばお主がなんとかせい』
「分かった、分かったから…って、屋根の上?」
なんだその忍者みたいなストーキング方法は。
『昨日の獣人族じゃろう、さっさとかかってくれば良いものを』
昨日の茶耳君か……。とうとう拗らせてストーカーに進化してしまったか。
『人目があるから近寄って来ぬのだろう。早う追いかけてなんとかせい』
「俺も屋根に登れってかい。 ……はぁ、人目があると近づかないって、無かったらちょっかい出しますって言ってるようなもんだよな」
とにかくシロコをテロリストにするわけにはいかない。
人目が気になるなら向こうから接触しやすい様、裏道に廻るか……。
…
街の大きな道から外れ、人がいない裏道を歩いて行くと少し開けた場所に着いた。
「……この辺りでどうですかね?」
後ろに振り向いて声をかけてみる。
……あれ? ちょっと格好付けて言った手前、誰も来ないとかすっげえ恥ずかしいのですが……。
「気付かれてましたか」
スタッ、と目の前に着地した男は、昨日の茶耳君の後ろにいた黒耳の獣人だった。出てくんの遅えよ!
「それでなんの御用ですかね? 覗きが趣味とか?」
「いえ、用があるのはそちらの方なんですが……貴方を通した方が話は早そうですね」
シロコは俺の後ろで、出店で買った揚げパンみたいなやつに夢中だ。こっちの事など見向きもしない。
「はぁ、それで?」
「まぁ、坊っちゃんの頼みもあるのですが、私も興味があるのですよ。 強い男に惹かれる筈の獣人族の女が、何故人族と一緒にいるのかと」
「……顔?」
『お主は阿呆か』
酷い、タマちゃんが間髪入れずに突っ込んだ。
「ハッハッハッ、面白い人族ですね」
お前もか、畜生。
「冗談はさておき、目の前で無様に倒されれば彼女の目も覚めるでしょう。 彼女を置いて逃げ出すのであれば追いませんが、どうですか?」
「やっぱりそんな話になるのか……」
どうしよう、魔物は沢山狩ったけど、対人戦なんてやった事ないぞ。シロコ担いで逃げちまうか?
『何をしておる、あの程度さっさと張り倒してしまえ』
「んな事言われても、相手がどれくらい強いか分からないだろ?」
小声でタマちゃんに抗議する。
『阿呆、あやつ1人では吹雪虎1匹も倒せんぞ』
「え?マジで?」
……だったら燃やしちまうか? いや、それはさすがにまずいか。
「別れの言葉でも交わしているのですか? どちらでも構いませんよ。私としては、その腰の物が飾りでなければ、少しは人族の意地を見せて頂きたい所ですがね」
腰? あ、この剣の事か。 相手に武器の使用を認めるなんて、どれだけ自信があるんだろう。
「えー…、危ないよ?」
「私を馬鹿にしているのですか? 人族の剣など当たるわけないでしょう」
コイツはさっきからフラグ立てすぎだろ……。
でも剣なら峰打ちすれば、誤って悲しい事にならずに済むかな。
うん、そうしよう。
「……そういや両刃だったわ……」
しかも大して手入れとかしてないから、虎さんの脂でテラテラ光ってる。
「おや? 抵抗を選びますか。では敬意を表して先手をお譲りします。どうあがいても私に当てる事が出来ない様を、彼女にも見て頂きましょう」
「そりゃありがたい」
もう駄目だ。こいつフラグ立て過ぎて、お子様ランチのチキンライスが見えなくなってる状態だ……。
ガァンッ!
「…………死んでないよな?」
目の前には俺に剣の腹で頭を殴られて、うつ伏せに倒れている黒耳さん。フラグの回収ご苦労様です。
『死んではおらんが、どっちでも構わんじゃろ』
「いやいや、さすがにそれはあかんでしょ」
ちょっと身体強化が強過ぎたかもしれない。あれだけ自信ありげに、お前の攻撃は当たらない! とか言うから、突進の速度を強めにしてしまった。
まさかあんなに綺麗に当たるとは……。
「これ、どうしようか?」
『獣人族は尻尾を切られるのが最大の屈辱と聞くぞ?』
「なにそれ怖い」
さすがにそれはやりすぎだと思うが、確かにこのまま放置して見逃すのも甘い気がするな……。
「そうだな……せっかく久し振りに剣を抜いたんだし、切れ味が落ちてないか試してみよう」
そう言って俺は、手に持った刃を黒耳に近づける。 恨むならあの茶耳君を恨むんだな……。
…
「この剣って二千年近く前の物なのに、随分と切れ味が良いよな」
『魔法処理もしてあるし、業物なのかも知れんな。 我の鱗は傷付けられんかったがの』
昔タマちゃんを襲った人物は、結構凄い人だったのかも知れないな。
「タクミ! デミセなくなった!」
「あ! お前、俺の分まで食いやがったな!」
「あっ…う……」
耳をペタンとするシロコ。
『お主、シロコを泣かすでない』
何故か怒られる俺。
「あー…、分かった分かった。じゃあ表に戻って新しいの買うぞ」
だからそんなションボリとした顔で見つめるな。人型でその顔は反則だ。
「わん!」
相変わらずシロコはチョロいが、俺も大概だな……。
離れた手を繋ぎ直し、大通りに戻っていく。
……その場に残された黒耳の獣人族の男は、カッパに進化していた。
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