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36.宿で一泊


 …

「うぇーい」


 バフンッ、と宿のベッドに倒れこむ。


「ウェイ!」

「グェッ」


 そして、その俺の上に乗っかるシロコ。

 人型になっても、その行動は変わらない。


「そこそこ広い2人部屋で1万五千イェンか、しばらくは遊んで暮らせるな」


 あの後、出店のオバちゃんに宿がある場所を聞き、問題なく泊まる事が出来た。

 食事付きでこの値段とは、思ってたより物価が安いのかもしれない…いや、薬草の価値が高かったんだな。


『なんじゃ、遊んで暮らすのか?』


「言葉の綾だよ、出来ればそうしたいけど」


「あそぶ!」


 "あそび"とう言う言葉に反応するあたり、やっぱり中身はシロコだな。瞳がキラッキラしとる。


「……まあせっかくだし、情報収集がてら観光ぐらいはしとくか」


 犬でも人でも、シロコの期待した目からは逃れられない。


『お主はシロコに甘いの』


「タマちゃんに言われたくはないな……」


 明らかに事の優先度は、シロコの方が上の扱いだろ。


『シロコは我の家主であるからの』


 あー…、大家さんには逆らえませんよね。


 いや、この大家は調子に乗らせると危険だ。是非ともタマちゃんには、淑女の嗜みというものをシロコに教えていただきたい。


「とにかく、この街ならヤマガタ村より情報は集まるだろ。しばらくここを拠点にして、明日から色々廻ってみよう」


『またへんな輩に絡まれなければ良いがの』


 そのセリフはフラグになるのでやめていただきたい。


「やっぱり、人族と獣人族が一緒なのは珍しいのかね?」


 あの茶耳君が絡んできたのもそうだったけど、街では結構な注目度だった。宿の受付の人も驚いてたし。


『気にする必要もあるまい。シンちゃんと我は常に一緒だったぞ』


「人とドラゴンのペアと一緒にするなよ……」


『何かあっても力尽くで黙らせればよい』


 駄目だ、このドラゴンはシロコに淑女の嗜みどころか、ジャイアンにされてしまう。


「街の中でいきなりブレスとか吐かないでくれよ……」


『そうなる前にお主がなんとかするのじゃな』


 これはひどい。


 ……まあ、そんな事になりそうな時は、シロコを担いでとっとと逃げるとしよう。


「とりあえず今日はもう寝るか。ほれ、シロコのベッドはあっちだ、いい加減俺から下りろ」


「……?」


「…なんだその、何言ってんだ? って顔は」


「タクミ、寝るは、いつも一緒」


「せっかくベッドが2つある部屋を取ったんだ、使わなきゃもったいないだろ」


「ヤダ!」


 ボフンッ、と否定の言葉と共に、俺の背中に顔を押し付ける。

 いやいや、人型シロコと同衾なんて、色々とやばいだろ。主に俺が。


「我儘言うなや、さっさと離れ…こらっ、腕を回してロックするな!」


 ジタバタするが完全に押さえ込まれていて動けない。一体いつの間にこんな技を……きっとナンナちゃんだな。


『諦めろ、こうなったらシロコはテコでも動かん』


「わ、分かった、分かったから。それならせめて人型を解いてくれ。その状態だとこのベッドじゃ狭すぎる」


「わかった!」


 言うが早いか、みるみるとサモエモードになるシロコ。俺に乗ったままするなや。


「あーもう、服が絡まってるじゃないか……」


 服を着たまま人型を解いたので、服の中でもがいている犬がおる。こら、暴れるな。


「ワン!」


 スポンと服から抜け出して一鳴き。


「しー…、部屋から動物の声がしたらおかしいだろ」


『ワン!』


「脳内に直接だと…!?」


『今のは我が送ってやった。シロコもその内出来るようになるじゃろ』


「ああ…村でナンナちゃんにやってあげたやつか……」


 まずい、こんなんシロコが覚えたら、年がら年中四六時中話しかけられる未来しか見えない……。


『言葉送るの難しい!』


「あ、焦らなくてもいいからなー」


 シロコの頬をよしゃよしゃしながら、何か良い解決策がないか考える。……無理だな、これは未来の俺にご愁傷様とだけ言っておこう……。



 …

 ……

 一晩明けて、宿の食堂で朝食なう。


「さて、飯食ったらどこに行こうかね?」


「どこも何も、この街の作りなぞ知らんではないか」


「仰る通りです」


 今シロコ(人)の中身はタマちゃんだ。人型で食事をするのに、シロコだと上手く食器が使えないので、タマちゃんにお願いして食事を取っている。


「そんなお兄さん達にオススメの場所がありますよ! 街の東側に噴水広場があります!! あ、どうぞ、食後のお茶です」


「ど、どうも……」


 急に話しかけてきたのは、この宿の女将さんの娘さんで、ティナちゃん。

 昨日宿を取った際に、部屋の案内をしてくれる途中で、シロコとの関係性を問われた。


 本当の事は言えないので、アーニャに使った愛の逃避行設定で説明すると。「種族を越えた禁断の愛……」って言いながら、キャーって走り出す、恋に恋したおませさんだ。


「ちなみにその噴水広場って何かあるの?」


「はい、そこで告白されると2人は永遠に結ばれるって言われてますよ! あ、でももうそんなの必要無いですね!」


 いやんいやん、ってお盆で顔を隠して首を振る。

 そんな人通りが多そうな場所で告白とか、どんな罰ゲームだ。


「そ、そうなんだ。まあ気が向いたら行ってみるよ」


「後は、西側の教会と、その先にある川辺はまだ花は咲いて無いから……」


 おすすめデートスポットをつらつらと説明される。


「そ、そこも良いけど、この街で色々情報が集まる場所って無いかな?」


「情報が集まる場所ですか? それでしたら、他の村や国に行く商人達の護衛とかしてる冒険者ギルドとかありますけど……愛は深まりませんよ?」


 愛はもういい。


 冒険者ギルドね、他の国とかに行ってるなら、確かに色んな情報が集まってそうだ。第1候補だな。


「まあ、俺達は昨日街に着いたばかりだからね、色々見て廻ってみるよ」


「あ、それならお洒落な喫茶店が──」

「お前さま、そろそろ行くとしようかの」


 ティナちゃんのマシンガントークをタマちゃんが止めてくれた。 ここは流れに乗らねば。


「そうだな。それじゃ、お茶美味しかったよ」


「あ、はい。また今夜お待ちしてますねー!」



 …

「……ふぅ、撤退に成功せり」


「はなし!ながい!」


『アーニャといい、この話はやめておいた方が良かったかのう』


 確かにあのノリはアーニャとおんなじだな。

 あのくらいの年頃の娘は、みんな恋バナ好きなのか?


「とりあえず冒険者ギルドって話が聞けたのは良かったな。後で行ってみるとして、今日は適当に人の流れに沿ってみるか」


「さんぽ?」


「ああ、散歩だ」


「さんぽ!」


 後ろの尻尾がブンブンだな。

 この世界に来てあれだけの距離を移動しても、散歩は別腹のようだ。


読んでいただいてありがとうございます。

ポイントが100越えてブクマも増えてた!

( ;∀;)ウレシイデス

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