3.全裸とドラゴン
…
……
周りを見渡すが誰もいない。
特に隠れられそうな場所も見当たらない、
小山と草が生えているだけの空間だ。
キョロキョロと周りの様子を窺うとまた声が響いた。
『目の前におるじゃろう?』
目の前の小山から声がしたと気づいた瞬間、その小山が動き出した。
「お? おお!?」
「ワン! ワンワン!」
その小山は生き物だった。
……っていうかドラゴンだった。
ズズズズ、と首だけを持ち上げてこちらを見下ろしている。
これってパクッと一飲み出来るサイズ感だな……。
ち、超こえぇぇ!
「ワンワン! ワンワン!」
おお、さすが忠犬シロコ!
俺が唖然としていると、主人を守るべくドラゴンとオレの間に割り込んだ!
有名なマタギ犬よろしく、身体を回転させて突っ込むとか出来るのか!?
『なんじゃ、随分懐っこい狼じゃのう』
……駄目だこりゃ、めっちゃ尻尾ブンブンしとりますがな…。
そういやシロコは仔犬の頃から他の大型犬にも突っ込んで戯れていたな。
この前は駐車中の大型トラックに突っ込んで運転手のオッチャンに怒られたっけ…。
「ワン! ワンワン!」
すげぇな。家ほどあるサイズの生き物の前で、尻尾振りながらビョンビョン飛び跳ねている。
物怖じしないにも程があるだろう……。
でもそのおかげで少し落ち着いた。
見た目超怖いが、幸い言葉が通じるようだ。
もうこの際ドラゴンだろうがゴブリンだろうがなんでもいい、ようやくまともにコミュニケーションが取れそうな相手が現れたんだ。
……うん、話しかけてみよう。
「……こ、こんにちわ?」
ドラゴンの視線がシロコから俺に移動した。
やっぱこえぇぇ!
『ふむ、数百年。いや、千年以上振りにじゃな、儂を殺しに来たと言うわけでも無いようじゃな。
……まぁ、この部屋に全裸で入ってきた時に、随分と用意のいい生贄だとも思ったが』
「あ、……いやん!」
ビーナス的なポーズを取る。
『いやん、ってお主……』
とにかくまともに話が出来そうだ……。
とりあえずシロコを側に呼んで、生まれて初めてファンタジーなドラゴンと会話する事としよう。
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シロコを後ろから羽交い締めにする。
いわゆるあすなろ抱きというやつだ。
いかにドラゴンと言えども、自分の息子を前面に晒したまま会話を続けられるほど立派なモノでは無い。
「……今更じゃな」
何か可哀想な物を見るような目で言われた。
「いや、さすがにドラゴンさんのモノとは比べられると粗末なモノかもしれませんが…」
それでも成人男性の平均以上あるはずだ。
……あるよね?
『あほぅ、わしゃ雌じゃ。それに多種族のモノを見せられてもなんとも思わんわ』
あら、女性でしたか。マジすんません……。
『それにしても、確かこの結界の外は1年を通して極寒の地だったはずじゃが。この数百年で土地の状況も変わっておるのか?』
「いや、一面雪景色でした……」
『……お主、新種の魔物か?』
酷い!
「いやぁ、話せば長く…ならないな。自分も何が何やら。気が付いたら雪山にいたというか…」
『なんじゃ、転移魔法でも失敗したのか?失敗とは言え転移系魔法が使えるとは中々の器じゃの』
「いや、どちらかと言うと飛ばされたみたいで?」
そうだ、確かあの俺を囲んでた連中が飛ばして来た変なのに当たって、気が付いたら雪山だったんだ。
てか転移魔法なんてあるんですね。ますますファンタジーだな……。
『うん? 転移系の魔法などはかけられた側が受け入れなければ転移せん筈じゃが……。
お主は人族であろう?人族であっても拒めばそれくらいの抵抗は出来るはずじゃ』
ドラゴンがいるんだし、やっぱり人間以外もいるのね……。
「拒むも何もいきなり景色が変わったもんで……多分その人族?ってやつだと思いますが……そういえば自己紹介もしてませんでしたね」
ここにおいて自分が何族なのか分からないが、個人として確たる名前がある。
「俺は人間でアズマ タクミ、こっちはシロコって言います」
自分の名前を告げた瞬間、ドラゴンの目が大きく見開いた。
『……アズマ…じゃと?』
「は、はい?」
『お主……シンゾウ アズマの子孫か?』
ドラゴンの口から聞いたことのある名前が出てきた。
それは20年前、俺が生まれた年に忽然と姿を消した祖父。東 新蔵の名前だ。
ホワイ?まさかこんなところで顔も見たことない祖父の名前を聞く事になるとは…。
「その名前……俺の爺さんと同じっすわ」
『そうか……ククッ、何となく読めて来たわ』
ドラゴンが嬉しそうに笑っとる。
『爺さんという事はお主アレか?シンちゃんの孫という事か?そうなるとシンちゃんの世界から来たのだな』
「は? えっ?」
ドラゴンが急にフレンドリーな感じに……てか、シンちゃん?
『おお、すまんな。その前に我の名前を言ってなかったな』
ドラゴンは姿勢を正して俺に向かって自己紹介をした。
『我の名はタマ、シンちゃんのペットじゃ』
ジジイ、ドラゴンになんつー名前付けてんだ……。
『それにしてもシンちゃんにこんな孫がおったとはの、確かに匂いも似ておる』
ドラゴンがフンフンと鼻を俺に近づけて匂いを嗅ぐ。
ああ!シロコ、立ち上がろうとするな!
「そ、それでその爺さんはどこにいるんですか?」
顔も見た事ない親族だけど助けてくれませんかね?
『うん? とうに死んでおるよ。大凡二千年くらい前かの』
「はあ!? 爺さんがいなくなったのって20年前なんですけど!」
顔も見た事ない親族は、顔も見れない親族になっていた。
『ふむ、随分とシンちゃんの世界とは時の流れが違うようだの』
浦島太郎もびっくりの時間差だな。
「マジっすか……。ドラゴンさんは長生きなんすね」
『タマでかまわん。そして我は特別長生きというわけではない、実はとうに死んでおる』
おおぅ、タマさんは幽霊でした?
『そう怖がるな。なぜ我が存在しとるかと言うと、まあこの場に封印されとるからじゃ』
ドラゴン改めタマさんは、懐かしむように封印されるまでとされてからの事を語ってくれた。
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