29.シロコと練習
……
「ご馳走さまでした、今日も美味しかったです」
「あら、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。今日のメインはアーニャが作ったのよ、良かったわね」
「え!?あ、はい!」
「そうだったんだ、美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます……」
「フフ、ねえ、タクミさん?アーニャっていいお嫁さんになると思わない?」
「お、お母さん!?」
まぁ確かに美味しかったが、まだ中学生くらいだろ?嫁に行くには早いだろうし、絶対村長が泣くぞ?
それにしても村長の奥さんも親バカか……ここはヨイショしておこう。
「ええ、この腕前ならなんの問題も無いんじゃないですか?」
「た、タクミさんまで!」
はっはっ、照れとる照れとる。
そんな夕食後の会話中に、グイグイと俺のローブを引っ張る存在がいる。
「おっと。シロコ、分かったから……」
シロコの言葉の練習を俺が見てしまってから1週間。俺が練習に付き合いだしてから、夕食後は毎回こんな感じだ。
「じゃあまだ早いですけど、お先に失礼しますね」
「あら、残念ね、お菓子の用意があるのに」
村長の奥さんの言葉にピクッとシロコの耳が動く。
…ふむ、一瞬止まったが、お菓子の単語に耐えて、なお引っ張るか。もうタマちゃんを通さなくても結構言葉を理解してきてるな。
「はは、シロコがこれなんでまた後で頂きます」
「ふふ、タクミさんは人気者ね」
「おかげで振り回されてばかりですよ。それではおやすみなさい」
「ええ、また明日よろしくお願いしますね」
シロコにグイグイと引っ張られながらリビングを後にする。
「……はぁ、もう1週間もないわよ?」
「べ、別に私は……」
「まあアーニャがそれでいいなら構わないけど、後で後悔しても知らないわよ?」
「うぅ……」
「なあ、やっぱりアーニャにはまだ早いんじゃ「あなたは黙ってて」……はい」
「とりあえず後でお菓子の差し入れでもして来なさいな、部屋に行ってもすぐに寝ているわけでもなさそうだから」
「……う、うん」
「もう、こういうところはお父さんに似なくてもいいのに」
「わ、儂はそんな事「あなたは黙ってて」……はい」
……
「ほい、こんにちは」
「こんにちワン!」
「おしい!」
あの日から毎晩こんな感じで、人型になったシロコの発声練習をしている。
やればやるほど上手くなって行くので、こっちとしてもやりがいがあるね。ホンマうちの子は天才やで。
「タクミ、と、はなせる、たのしい!」
「そうかそうか」
嬉しい事を言ってくれる、頭を撫でてやろう。おー、尻尾をブンブン振ってるのが着ぐるみの上からでも分かる。
「二本足で歩くのも、随分早く慣れたよな」
たまにヨタつくけど。
『我が教えておるのじゃ、当然であろう』
「……ドラゴンって4本足じゃね?」
『我にかかれば造作もない」
「ソウデスカ、さすがドラゴン様」
『お主、馬鹿にしておるな?シロコ、口を開けい』
「わー!悪かったから!こんなところでそんなんよせ!」
シロコも素直に口を開けようとするんじゃない!
『フン!』
「はぁ……ここでブレスなんか吐いたらえらい騒ぎになるぞ……」
『それなら街この村から出る日が早うなって良いな』
ひどい事を仰る。
「タクミ!タ、マちゃんと、ばっかり!、ズルイ!」
タマちゃんとばかり話してて、シロコさんがオコである。
「あー、悪い悪い、じゃあ今度は立ってみるか」
「わん!」
そう言ってスクッと二本足で立ち上がる。
ぐらつきも全然無い。
「おー、もう普通に立つ分にはもう問題ないな」
「はし、るの、もだいじょう、ぶ!」
シロコが急に走り出す。
「わ、馬鹿!部屋ん中で走ろうとするな!」
「アッ!」ガタン!
言わんこっちゃない、転んで扉に顔をぶつけよった。
ほらもう、衝撃で扉が開い……
「あっ」
『ふむ、見つかってしもうたの』
「あ、あの、お菓子を、そ、その人は……」
扉の先にはお茶と菓子を持ったまま、呆然としているアーニャがおる。
そしてその足元には鼻を扉にぶつけて涙目のシロコ(人)。
さて、どう説明したものか……。
読んでいただいてありがとうございます。




