3話 帰り道 ムギとフラワーの出会い
司書室に戻った俺たちは、机でお茶を飲んでいる。俺がミスフラワーに司書室の秘密を問いただしてははぐらかされの繰り返しで…こんなはずじゃなかったんだが、日もすっかり落ちていた。
「あらもうこんな時間。家まで送るから、ちょっとだけ待っていてね。」
「遠慮する。ではまた。」
と言って部屋から出ようとしたら、戸が開かなくて出られなかった。なぜだ。俺はフラワーを不審がって睨むと、くすくすと笑いながら、
「開かないからという理由を言うべきだったわ。ここのドアーはちょっと工夫しないと開かないの。」
「早く言ってくれ、そういうのは。」
「運がいいと開くのよ?」
意味がわからなかった。フラワーがスタスタと扉に近づくと、鼻歌を歌いながら戸を手で撫でるように調べ始めた。右下の方を伝っていると、カタリと音がして、木の板が扉の中に落ちた。そのあとドアノブを引くと開いた。からくり好きもここまでくると馬鹿だろと俺は設計者に呆れる。
「今日は早く開いたわ!嬉しい!」
やけにテンションも高い初老をげんなりと見上げながら、俺は「そうか。」とだけ言う。
今日は疲れすぎた。学園の校舎を抜けて門へ出ると、厄介なのがいた。
「あ!シノ!今日はやけに遅くない?ひょっとして迷子?あとその人だれ!?」
幼馴染のムギが門で待っていて、俺は質問の応酬をくらった。キャンキャン煩いテンションに目眩を覚えながら、このパターンは紹介役か…面倒な。なんてことを考えていた。
「…司書の先生と話し込んでいただけだ。この人が司書だ。ミス・フラワー、こちらはムギ。」
「あら、こんばんは、ムギちゃんって言うのね。可愛らしい子だわ。私はフラワーって言うの。よろしくね。」
「こんばんは、ミス・フラワー!ムギっていいます!よろしくお願いします!」
頭を勢いよく下げた反動で学園の帽子が落ちたのは言うまでもない。俺は帽子を拾ってついた砂をぱたぱた払い、ムギに渡しながらミス・フラワーに言う。
「こんな奴だ。本もろくに読まない。」
「あら、ムギちゃんは本が嫌い?」
「うちからシノをとるもん…嫌い」
即答な上にその答えはなんだ…面倒な。見たくないがゆっくりとフラワーの顔を見上げる。
「あらあら…かなり好かれているわねぇ?シノくん?」
やはりからかうような顔になるか。と思いながらため息まじりに睨むと、ミスフラワーはニヤニヤした顔のまま、ムギの頭を撫でて言う。
「そうね…ムギちゃんは、本にシノくんをとられちゃうから嫌いなのね。でもね、本を好きになるとシノくんはもっとあなたと一緒に遊んでくれるし、ムギちゃんがシノくんとお話しする種もたくさんできるのよ。」
「そう…かな…?」
期待まじりに頬を緩ませながらも、まだ少しフラワーの言葉を疑うムギに、彼女はにこやかに話し続ける。
「それに、私ともたくさん遊べるわ。ムギちゃんも司書室にまたいらっしゃい。ね?」
ムギは少し考えるような顔をしたあと、フラワーに向かって強くうなづいた。
「わかった!あそこは怖いけど、シノと一緒に行く!」
「あら、嬉しいわ。ではおやすみ、ムギちゃん。」
「おやすみなさい!ミス・フラワー!」
フラワーは俺たちを家のすぐ前まで送ってくれた。
ムギの家は、俺の通学路の途中にある。いつも通学路の半分はひとりだったが、今日はそうではないのが不思議でならなかった。いつも何を考えながら帰っていただろうか。そんなことを考えていると、ミス・フラワーは顔を覗き込んできた。
「…なんだ。ミス・フラワー。」
「すっかり嫌われちゃったみたい。悲しいわ〜」
「泣くふりが下手だな。」
「バレてしまったわ」
からからと笑うフラワーと他愛もない話をしながら、俺の家についた。
「おやすみ。シノくん。また明日ね。」
「おやすみなさい。ミス・フラワー」
俺はミス・フラワーと挨拶をして別れた。
歩き出そうとしてふと、彼女はどこに住んでいるのだろうか。と疑問に思った。俺はくるっと振り返る。しかし、彼女の姿はどこにも見えなかった。足が速いなと思おうとしたが、明らかに足音がしなかったことに違和感を覚えて、背筋がぞくりとした。
つづく
おまけ:登場人物の紹介
シノ(10)
学園初等部5年。図書委員。一人称は俺。かぎっ子。幼馴染のムギと一緒に幼等部から学園にいる。三度の飯より知識が好き。負けず嫌い。周りの知能が低すぎると感じているため、普段は授業を受けずに図書室にこもる。