4話
翌朝、俺たちは宿を出発し、森の中へと入っていく。
木が生い茂っているため、日光が葉によって阻まれ、あたりは薄暗い。
「足元に気をつけろよ」
「わかっている」
「僕は大丈夫だよ~」
「そりゃ、そうだろ」
肩に乗っているリルを睨む。
だが、そんなことを気にもせず、笑顔で俺の肩に揺られている。
まあ、全然重くないからいいのだが。
そのまま、進んでいくと、あたりを視認するのが難しくなるほど暗くなってきた。
「これは暗いな。お前ら大丈夫か?」
「ああ、私は大丈夫だ」
「僕もだよ~」
「そりゃ、そうだろ」
リルはまだ俺の肩に乗っていた。
「さすがにこの暗さじゃ、温存とも言ってられないな」
「なにがだ?」
「いや、もしかしたら暗殺者と戦うかもしれないかと思って、力を温存していたが、そうとは言えない状況のようなのでな。少々魔力を使う」
そう言うと、クレア黙った。
『閃光』
クレアの掛け声とともに、手から光が放たれる。
その光はクレアを纏う。
おかげで、辺りは明るくなり、視界が良好になった。
「これで見やすくなっただろう。私が先に行く」
「いや、ちょっと待って」
俺も見様見真似でやってみよう。
手から光を出すイメージ……
『閃光』
俺の手からも光が放たれ、身に纏う。
その光はクレアのよりも大きく、森に入るまでと何ら変わらない明るさになった。
「やはり勇者……」
「行くぞ」
俺たちは光を纏ったまま森のさらに奥へと進んでいった。
森を抜けると、そこにあったのは集落だった。
「ここがイーガタウン?」
「私にはわからない」
「たぶん、そうだよ~」
確信はないが、リルが言うなら間違いないだろう。
俺たちはとりあえず、一番近くにあった酒場へと足を入れた。
「いらっしゃ……って、よそ者か……? 珍しいな。ほら、座りな」
よそ者がそんなに珍しいのか、かなり驚いた様子だったが、客として扱ってくれるようだ。
俺たちはカウンター席へと座った。
「そんなに珍しいですかい?」
そわそわと辺りを見渡して俺に聞いてきた。
「い、いや、なんでもないです」
俺は咄嗟に否定する。
暗殺者の町がどんなものか気になるのは普通だろ。
死体が転がっていたり、もっとギスギスしていたり……
そんな様子を想像していたが、俺の想像は裏切られた。
多少、この酒場は騒がしいが、普通の町の普通の酒場のようだった。
むしろ、ほかの町より綺麗で、治安がよさそうだった。
「まあ、無理もないな。あんたらもここが暗殺者の町って知って来てるんだろ。それなら、ここの様子に驚きだろうな。俺たち暗殺者は趣味でやってるわけじゃないんだよ。仕事の依頼が来てから、仕事としてやるんだ。だから、むしろこの町が一番安全とも言えるな。ガハハハハハハハハハハハハハハ」
マスターは自分で言ったことが、そんなに面白かったのか豪快に笑っていた。
俺は合わせるように愛想笑いをしていた。
ここの人たちが仕事でしかやらないという主義で、少し安心した。
所かまわず好き勝手やるようなやつとは、仲間になりたくないからな。
「それで、あんたらも仕事の依頼か。わざわざ直接頼みに来るんだ。相当な相手なのか?」
「いや、ちがうんです。ここには人を探しに来たんです」
「人探し? なんだい、敵討ちか?」
「それもちがいます。俺たち冒険をしてて、その仲間集めに来たんです」
「へ~ ここで仲間探しか。変わったことをするんだな。それで誰も探してるんだ?」
「えっと…シューって人です」
「シューね」
その名を口にした途端、騒がしかった酒場が静まり返る。
シューという男はそんなにやばいやつなのだろうか。
「悪いことは言わない。あいつだけはやめておけ。なんなら俺がいいやつを紹介してやるぞ」
「い、いやでも、会うだけ会ってみます」
正直、恐怖しかないが、、予言の書に書かれていたんだ。
会うだけ会ってみよう。
「……わかった。ちょっと待ってな。呼んでやるよ」
そう言うと、通信機のようなものにボソボソと話していた。
こんなにも親切にしてくれるとはな。
偏見を持っていたな。
「タイチ、念のために戦闘の準備をしておくぞ」
「…そうだな」
俺も心構えはしておこう。
リルのほうを見ると、出されたお通しを食べていた。
こいつは呑気だな。
しかも、それ俺のだし。
「来たぞ」
まだ数分も経っていないのに、マスターはそう告げた。
入口のほうを見るが、だれもいない。
「来たって、どこに?」
「そこだ」
そう言って、俺たちの後ろを指さした。
「「「うわぁっ!?」」」
すぐ後ろに立っていた男に驚き、飛び跳ねる。
「いつの間に…… てかおどかすなよ」
「……………………」
シューと思しき男は何も答えなかった。
警戒されているのだろうか?
「あの、シュー……だよね?」
「……………………」
やはり何も言い返してこない。
「ねえ~ 君がシューだよね~」
「……………………」
「貴様がシューか?」
「……………………」
だれが聞いても無駄だった。
「一体なんなんだよ!」
「……………………」
怒っても返事は返ってこなかった。
一体何なんだ。
何が目的なんだ。
「だから言っただろ。こいつはやめとけって。こいつとコミュニケーションが取れるやつはこの町にはいねえよ。おかげでこいつに回ってくる仕事は0。暗殺者失格だ」
本当に一体全体何なんだよ。
会話できるやつがいないってなんなんだよ。
しかも仕事をこなしたことがないって。
ダメじゃん。
まあ、やってないからいいかもしれないけど、実力わからないじゃん。
「なんなんだ……」
混乱してきた頭を押さえる。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。…でもどうする?」
「そうだな……」
もう一度、シューの顔を見る。
その顔は最初から、全く変わっておらず、俺たちの前に立ち続けていた。
「せっかく来たんだし、声だけかければ~」
「また無視されるのがオチだろ」
「でも予言の書にかいてあったんだしさ~」
「わかったよ」
俺はしぶしぶシューに声をかけることにした。
結果は見えているだろうが。
「ちょっと外にいいか」
「……………………」
何も言ってこないが、俺はかまわず外に出る。
外に出ると、シューもついてきた。
聞こえてはいるんだな。
周りに誰もいないことを確認すると、俺は話を切り出した。
「実は俺は魔王を倒すことを命じられた勇者なんだ。この二人はその仲間。それでシュー、お前にも仲間になってほしいんだ。一緒に来てくれないか?」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「やっぱり無言かよ!!」
けっこう大事なことを言ったのに。
けっこう大事なことを言ったのに。
「もういいや。………話をしないのはもう諦めたが、最後に一つだけ聞かせてくれ。なんでだれも殺さないんだ?」
「……………………」
「そうか。わかった、もう行くよ」
俺はシューを諦め、帰ることを決意する。
「予言の書は間違いないはずなんだけどな~」
「会話ができないならしかたあるまい。次を探そう」
俺たちはイーガタウンを後にし、また森の中に入っていく。
『閃光』
俺とクレアが光を纏う。
出られないなんて噂もあったが簡単に出られたな。
噂は噂ってことか。
だが、その噂は現実を帯びてくる。
「追われてるな…」
「タイチも気付いたか。おそらく4人だな」
「もしかしてイーガタウンから出たものがいないって~」
「おそらくこのことだろうな」
クレアとリルの予想はおそらく当たっているだろう。
さっきまでは優しかったのに、あれは演技だったのか。
しかし、この状況はまずいな。
森の中じゃ、戦いにくい。
だが、向こうはこういう場での戦いに慣れてるだろう。
「どうする?」
「逃げ切れるとはとても思えん」
「迎え撃つか」
「不利といえど、そうするしかないな」
俺とクレアを頷いてから、剣を抜く。
「おい! 追って来てるのはわかっている。姿を現せ!」
「俺たちの尾行に気づくとは、たいしたもんだ」
「もちろん見送りってわけじゃ、ないんだろう」
「いーや見送りであってるよ。あの世までのだけどな」
「なぜ我々を狙う?」
「イーガタウンのことを知られたら困るんでな」
「貴様らのことはもう噂になっているだろう」
「噂と現実では違うだろ。町に人が観光気分で来られても困るんだよ。俺たち暗殺者だからな」
話しているうちに4人に囲まれた。
数でも場でも不利だ。
どうする…
「あんな男に会いに来た、バカな自分たちを恨むんだな。行くぞ!」
男の言葉を合図に、4人が一斉に襲ってきた。
剣を強く握り構える。
「俺たちも行くぞ」
「ああ」
4人を迎え撃とうとしたとき——
『疾風迅雷』
決着は一瞬で着いた。
4人は地面に倒れ、動かなかった。
一瞬で決着を着けた男は、相変わらず表情を変えぬまま立っていた。
「シュー!?」
いつからいたのだろうか、一切気付かせず、しかも同時に敵を倒した。
こいつ、相当強いんじゃないか。
「そうだ、男たちは?」
俺は男たちを見る。
シューも暗殺者だ。
もしかして……
「大丈夫だ。気を失ってるだけのようだ」
「こっちも~」
「お前、殺さなかったのか?」
「……………………」
やはりここでも無言だった。
「そうか。助けてくれてありがとう」
「……命は大事……だから」
小さくボソッとした声だったが、たしかにシューは喋った。
「そうか。そうだな」
俺はシューのほうを向き、ニコッと笑った。
シューは相変わらず表情を変えないが、なんとなく和らいだような気がした。
「ところで、なぜここにいるんだ?」
「あ、そうだな。なんでなんだ?」
「そんなの決まってるじゃん~ ね~」
「……………………」
俺はクレアと顔を合わせる。
リルにはわかっているようだったが、俺たちにはさっぱりわからなかった。
「シューは私たちの仲間になったからだよ~」
「「え!?」」
「……………………」
「それじゃあ、新しい仲間も増えたことだし、次に行こう~」
リルの言ったことがいまいち信じられないが、俺たちが歩き出すと、シューもついてきた。
「ふっ…仲間なんだからさ、後ろじゃなくて隣に来いよ」
「……………………」
やはり何も言わないが、シューは俺の隣に来る。
「一体なんなんだよ」
俺は笑いながら呟いた。
心優しき暗殺者、シューが仲間になった。