1話
大きな扉の前に俺とその仲間たちは立っていた。
重そうな扉に、俺たちは手をかける。
ここを開けば、魔王がいる玉座の間だ。
これまでの幾多の困難を思い出す。
それを一緒に乗り越えてきた、仲間たちの顔を見る。
みな、優しい笑顔を俺に向ける。
その笑顔に答えるように、俺は短く、されど強く言った。
「行くぞ」
深呼吸をし、仲間たちと力強く扉を開けた。
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——2年前
「よく来たな、勇者よ」
「ん……ん……?」
聞きなれない声に俺は目が覚める。
寝ていたようである俺は上半身だけ起こし、涎の垂れた口元を拭う。
「ん……どこ……?」
半開きの薄っすらとした視界に映った、見覚えのない景色に戸惑いを感じる。
やけに豪華で大きな部屋にいるようだ。
寝ていた床には、触り心地の良いフワフワした絨毯が敷かれていて、周囲には大きな宝石が何個も埋め込まれた柱が何十本もあった。
「よく来たな、勇者よ」
まだ聞こえてくる、知らない声はとりあえずスルーすることにした。
俺の名前は御堂太一であって、勇者なんてキラキラした名前じゃない。
冴えてきた視界で、もう一度周囲を見渡す。
俺の周りには、鎧のようなものを装備した人が何十人も立っていて、その後ろには、メイド服を着た美人な女性が整列していた。
さらに、部屋の中央奥には、すごく豪華な、所謂、玉座に座っている白い立派な髭の生えたおっさんがいた。
「あ…」
おっさんと目が合った。
「お前じゃよ、勇者」
おっさんは俺の目を見て、はっきりとそう言った。
真っ赤なマントを身に着け、冠をかぶった、まさしく「王」というイメージをそのまま具現化させたような、おっさんがものすごくこちらを見ている。
まじガン見。
「あの、俺…勇者じゃないんですけど…」
おそるおそる俺は訂正する。
なんか周りの人が怖いし、とりあえず怒らせないようにしよう。
「いや、おまえは天により選ばれた勇者だ。魔界にて人間を滅ぼそうとたくらむ魔王を滅ぼしてきてくれ。あ、これが勇者の剣だ」
おっさんは煌びやかな剣を俺に差し出す。
だが、俺は受け取らない。
それを見かねたおっさんは再び剣を差し出す。
だが、俺は受け取らない。
またも差し出す。
だが、受け取らない。
「なぜだ!? なぜ受け取らない?」
「意味がわからないからだよ。なに、おつかい感覚で魔王退治命じてんの!? はじめてのおつかいの難易度高すぎるだろ。第一、俺は勇者じゃないから。無理だから」
ちょっと涙目になっているおっさんに怒涛の反論をする。
いきなり勇者とか言われても解釈に困る。
だいたい勇者もわからないけど、魔王の意味もわからねえよ。
今いる場所と言い、意味のわからないお願いと言い、一体どういうことなんだ……
「ここはどこだ?」
一つの可能性に気づき、俺はおそるおそる尋ねる。
「え? ここはグランヴァニアですが」
グランヴァニアですが何か、みたいな雰囲気を醸し出しながらおっさんは答えた。
「グランヴァニア……」
なんだそれは……
全く聞いたことがないぞ。
もちろんすべての国の名前を憶えてるわけじゃない。
それでも、グランヴァニアなんて生まれてから聞いたこともないぞ。
そんなことあるのか…
「あるよ!」
突如聞こえてきた可愛らしい声に、俺は驚いた。
おっさん…女声なんか出して何がしたいんだよ…
「いや、わしじゃないぞ」
フルフルと全力で首を振っていた。
それならだれが。
「ここだよ、ここ。胸あたりを見て」
部屋にいた全員がその声につられ、俺の胸を見る。
ちょっと恥ずかしい。
「うわっ」
そこにいたのは小さな羽の生えた女の子だった。
「僕はリル。職業は案内人だよ」
「え、あ、え、うん。よろしく」
「うん。よろしく」
あまりの衝撃に虚ろな挨拶をしてしまう。
リルと名乗った少女を今一度じっくりと観察する。
人の手にちょうど納まるサイズの体。
ピンク色の髪の毛に、綺麗な顔、真っ白いワンピースを着ている。
そして何より目につくのが羽だ。
穢れを知らない真っ白な色をしていて、まるで女神のような、俺の語彙力では言い表せないほどきれいな羽だった。
「そんなに見られると照れちゃうな~」
「あっ、ごめん」
体をもじもじとさせるリルから目を逸らす。
「案内人って言っていたけど、俺を案内するのか?」
「うん。それが僕の仕事だからね」
「仕事?」
「天界の命令で、タイチの新生活のサポートをしにきたよ」
胸をポンと叩いて胸を張った。
胸を張っても平らだった。
「いや、いまいち状況が掴めないんだけど……え? なに? 夢?」
「夢じゃないよ。ほら、試しに」
「痛い! 痛い!」
リルが俺の頬を引っ張る。
まさか、こんなベタな方法で現実を認識させられるとは思いもしなかった。
「夢じゃないってのは、わかったけど、結局何なの?」
「忘れちゃってるのか~ しかたないね、けっこう悲惨だったし」
「悲惨!? 何が!?」
「それでは、こちらをご覧ください~」
そう言うと、リルは学校の黒板サイズのモニターを出した。
……モニターだよね?
仕組みとか全然わからないけど、それモニターだよね?
「自分探しの旅に出たタイチくんは、その最中、おばあちゃんを庇い、車に轢かれてしまったのです」
モニターには、おばあちゃんを突き飛ばした俺が、車に轢かれた映像が映った。
リルの言った通り、撥ねられた俺だったものは、あまりにも悲惨だった。
「……思い出した」
思い出した。
将来やりたいことがない焦燥感から、自分探しの旅に出て、その最中に轢かれたんだ。
「そうか、俺死んだのか」
人生の最期を思い出し、悲嘆に包まれる。
幸いだったのは、おばあちゃんが無事だったことだ。
「こうして死んでしまったタイチくんですが、天界の命により、このグランヴァニアの地で復活しました」
そうか、俺は死んだのか。
そうか……そうか……
「え?」
リルの言葉で、こみ上げていた涙は戻り、表情も無に返る。
「え? どういうこと?」
「だ・か・ら~ タイチは天界の命で魔王討伐のために勇者として、このグランヴァニアに転生したの」
「ようするに?」
「ようするに~」
「異世界に来たああああああああああああああああああああああああああああああ」
頭を抱えながら、思いっきり叫んだ。
漫画やアニメでは見たことがあったが、まさか自分が異世界に行くとは。
「異世界に来たってのはわかったけど、俺に魔王が倒せるわけないだろ」
魔王といえば数々の創作物でラスボスの座に君臨しているものだ。
そんなのに、ぽっと出の俺が勝てるわけないだろ。
「それなら大丈夫だよ~」
「と言うと?」
「気付いていない思うけど、君はここに来る前に、天によって力を得たんだ。勇者として戦う力をね」
「ようするにチートか」
これもまた漫画やアニメで見たものだ。
「まあ、そんな解釈でいいよ。ようするに君は、魔王に対抗できる力を持っている。だからその点は大丈夫だよ」
ウインクをするリルは可愛らしかった。
俺は魔王と戦える力を持っている。
「ほら、おじさん。タイチに言うことがあるんじゃないの?」
リルにそう言われ、慌ててハッとする。
ちなみに、ここまでおっさんは何一つ理解していない。
だが、言うべきことが何なのかはわかったみたいだ。
「勇者よ、この世界を救ってくれ!」
そう言って、剣を差し出す。
俺には魔王を倒す力がある。
困っている人を助ける力があるなら、活かす以外にない。
「まかせろ!」
左手で剣を取り、右手の親指を立てる。
「あびばどおー あびばどおー」
おっさんは涙を流しながら何度もお礼を述べている、はず。
周りの者も、目に涙を浮かべていた。
——十七(歳)御堂太一、異世界の地、グランヴァニアにて勇者として降臨。
そして勇者伝説が始まる。