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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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23


 逃げて逃げて辿り着いたのは、とっても高い建物の屋上だった。

 ソフィアの目の前に広がるのは、どこまでも突き抜ける青い空。

 眼下に見えるのは、ひたすらに続く深い森の緑。


 視界にみえるかぎり、町らしいものは何も見えない。


(一体どこまで遠くに連れ去られてきたの?どうしよう。どうすればいい?)


 どれだけ一生懸命考えても、逃げられる方法が思いつかない。

 家に帰りたいのに、帰り方がわからない。

 

「しょふぃあ!」


 ターニャが服を引っ張って、下りたいと意思表示してきた。

 抱いていた彼女をおろしたソフィアは、一緒に屋上を見渡して眉をさげる。

 下の方は横に広い大きな建物だったけれど、上階は見張塔のように細く煙突状に建っているので屋上の広さはそんなにない。

 ぐるりと見渡すだけで。全体が確認できた。


「隠れられるとこ、ありそうです?」

「ないわ」


 ここには何一つ障害物はなく、隠れられる場所もない。

 

「……下りれば子爵に向かっていくようなもの。でも別に逃げる場所はない」


 おそらく彼は最初から、ソフィアたちをここへ追い詰めるつもりだったのだろう。

 逃げ道のなさに焦るばかりで、何一つ妙案は浮かばず。


 しばらくして、結局何かの対策をうつ前にソフィアたちのいる屋上の扉を子爵が開いてしまった。


「や、やっと追いついたぁ! ぜぇ、はぁはぁ、はぁ……」

「子爵、大丈夫ですか」


 長い階段をのぼってきたのがよほどこたえたのか、トーマス子爵は荒い息を吐いている。

 汗でぐっしょりとシャツまで濡れていた。

 ふらふらな彼の介添えをするように、メルシアがそばに立って背を撫でている。


「まさか、のぼるのがここまでしんどいだなんて! 聞いてないぞ! メルシア!」

「も、申し訳ありません。出来るだけ長い時間の追いかけっこをご所望だったので……」

「口答えか!?」

「いえ! 私の考え不足でした」


(……やっぱり、あの時私たちを見逃してくれたのって、この追いかけっこをメルシアも知っていたからなんだ)


 二人の会話に、ソフィアはこっそり重い息を吐く。

 やはりメルシアは、自分たちの味方をして道を空けて逃がしてくれたのではなかった。

 ターニャが誰よりも信頼していた侍女。

 だからこそどうしても期待してしまって、その期待が裏切られるたびにくやしさと残念な気持ちがないまぜになってしまう。


「ターニャ王女……私のそばから離れないでくださいね」


 ソフィアは会話を交わしている彼らを警戒しながら、ターニャを自分の後ろにかくそうとした。

 出来る限りターニャを子爵の目に映したくなかったのだ。

 彼女はすぐ近くにいるはずで、手を伸ばせば体のどこかをつかめるはず。


 ――なのに、伸ばしたソフィアの手はからぶって、何にも触れない。


「ターニャ王女?」


 驚いて、子爵たちから目を離して後ろを振り返ったソフィアは、驚愕する。


「えっ!?」


 屋上の向こう側、青い空にむかってターニャが飛び込んでいこうとしていたからだ。


「なんで!? 駄目です! 止まって! 危ない!」


 思わず叫んだ声も届かず、彼女はためらう仕草一つみせずに走って行った勢いのまま、両足でジャンプする。

 とうぜんジャンプしたって飛べるわけもない。地上へと真っ逆さまだ。


「え……」


 伸ばしたソフィアの手は間に合わない。

 身を投げた彼女は、あっさりと二十階分はあるだろうこの高さから飛び降りて、目の前から消えてしまったのだ。


「う、そ……? うそうそうそ」


 今目の前で起きたことを、信じたく無い。

 

 心臓が、体が震える。

 

 苦しくて、呼吸が上手く出来ない。


 こんなところを落ちたら、もう絶対に助かるはずがないのに。


「い、いやぁぁぁぁ!!!」


 メルシアがその場に崩れ落ち、真っ青な顔で絶叫し。


「……っ、なんということだ! わたしの計画が! 楽しみが台無しじゃないか!」


 トーマス子爵が顔を真っ赤にして地団太を踏む。

 そんな騒ぎを背中に、ソフィアは一歩ずつ、震える足で屋上の縁へと進む。

 

(なんで? どうして飛び降りたの?)


 捕まって拷問を受けるくらいならと悲観して、先に死んでしまう方を選んだとでもいうのだろうか。

 気丈にふるまってくれていたけれど、実はそれほどに追い詰められていたのだろうか。

 それとも、恐怖のあまりに後先考えずに逃げようとした?

 幼いからといって、こんなに高いところから落ちたらどうなるか想像できるだろうに。


(ど、どうかな……私があれくらいの時って、本気で空飛べるかもとか思ってホウキにまたがって遊んでた記憶があるような)


 妖精のジンを見ているから、もしかしたら自分も飛んで逃げられるかもと思ったのだろうか。

 でもターニャは人間。

 こんなところから身を投げて生きていられるはずがない。


(見るのは、怖い……けど)


 でも、もしかしたら外壁から飛び出した枝か棒か何かに引っかかっているかもしれない。

 そんな奇跡みたいな可能性を縋るように想像しながら、それでもきっとダメなんだろうと絶望しながら、ソフィアはまた一歩進んだ。

 

 ややあって屋上の端にたどり着いてしまい、恐る恐る下を覗き込もうとした。

 

 ――――その瞬間。

 崖下から空へと、一陣の風が吹き抜けた。





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