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誘拐されてもう十七日目。
「あ!」
牢の中に閉じ込められていたソフィアは、視界を横切る二匹の下級妖精を見つけてしまった。
「そこっ! そこの子たち! ちょっと待って!」
目が覚めてから三日たつが、まだなにひとつ進展はおこってない。
メルシアが日に三度の食事と清潔な着替え、体をぬぐうためのホットタオルなどを持ってきてくれるだけ。
ターニャと二人、ずっと牢の中にとらわれたまま。
いつまで続くかもわかない監禁生活を送っている。
また食べ物に何か薬が入っているかもと出される食事に最初は警戒していたけれど、それを察したメルシアが目の前で毒見をしてから、鉄格子の下の隙間からトレイを差し入れてくるようになった。
生き延びなければ意味がないと、ターニャと話して食べることにした。
しかしメルシアが何か世話を焼きにくる度に、メルシアとターニャの間に張り詰めた緊張感と切ない空気感がただようのだが。
とにかく続く監禁にやきもきしていたソフィアは、ついに見つけた妖精を急いでひっつかんだ。
「しょふぃあ!?」
突然の大声と行動に、妖精の見えないターニャをびっくりさせてしまった。
(ぜっっったい逃がさない!)
二匹いたから、左の手と右の手にそれぞれで握ってつぶさない程度に、でも可能な限りきつく握る。
「ひ、ひぇぇぇ!?」
「なんだなんだ!?」
捕まった下級妖精二匹は当たり前だが大混乱だ。
身をよじって頑張って逃げようとしているけれど、絶対に、絶対に、逃がさない。
「ふっふっふ! いいから大人しくしなさいな。悪いようにはしないわよ」
どこからどうみても悪い人間のセリフと顔だ。
「ひぇ……み、みえるにんげん?」
「こっわぁ」
「怖くないわよ!」
「ひぃぃ」とぶるぶる震える下級妖精たち。
目には大粒の涙が浮かんでいる。
「しょふぃあ、こあい……」
「う。そ、そこまでですか?」
ターニャにまで怯えられて、焦りのあまりにきつい言い方になっていたとやっと自覚した。
ごほんと咳をついてから、落ち着いてもう一度聞く。
「ねぇ、教えてほしいの。ここはどこ?」
「っ、はな、はな、はなしてくだせぇ」
「いやよ。だって逃げるでしょ。もう一度聞くわよ? ここはどこ」
「さ、さ、さぁ」
「地名は知ってる?」
「ぞんじない」
「……はぁ」
頭を抱えたい。
それでも何かの情報が欲しくて、ソフィアは考えて考えて質問を続ける。
逃がさないように、両手それぞれに震える妖精たちをつかんだまま。
「ええと、この屋敷? 家? 建物の外には何があるの?」
「……はっぱ?」
「うさぎさん!」
「葉っぱに、兎さん……まったくなんの役にも立たない返事ね」
兎がいるということは町中ではないのかもしれないが、地理は一切わからないままだ。
つかんだ妖精達を鼻先まで近づけて、思い切りにらむ。
もっと役に立つ情報をよこせという意思表示だ。
彼らは迫力に怯えたのかまた「ひぃぃ」と引き攣った声を漏らし、さらに大きくガクブルと震えている。
「う……。そ……そんなに怯えられるようなことしてないわよ?」
「ひぃぃぃ」
「ふえーん」
「泣かないでよもう」
「うわぁぁぁぁん!」
「ふえぇぇぇぇぇー!!」
「ちょっ、そこまで大泣きする!?」
耳が痛いほどの泣きっぷりだ。
小さな妖精たちにここまで怯えられ、つかんだ手が濡れるほどにわんわん泣かれてしまってはもう手を緩めるしかない。
するりと手の中から抜け出した妖精たちに、ソフィアは眉を下げる。
どうにかこの子たちに協力をお願いできないだろうか。
「王都にまでお使い頼むとか……」
「ひっく……お、おーと?」
「……知らなそうね。そうだわ! トーマス子爵から牢のカギを盗んできて!」
「とーますとは? どちらさま?」
「しらねっ! もーやだ! にげる!」
「おー!」
「えぇ!? 待って! お菓子! お菓子は……ない! あとであげるから協力して!」
「けっこーです」
「にんげんこわぁ」
「怖くない!!」
「「ひー!」」
妖精たちは押し売り商人から逃げるみたいにそそくさと飛んで行ってしまった。
彼らのいなくなったシンと静まり返った牢の中、ソフィアはがっくりと肩を落とす。
やっと希望が見えたと思ったのに、逃げられてしまった。
「そっか。ここの子は私のお菓子を食べたことがないから、そもそもそんなに欲しがらないのか」
一度でも食べたことがあれば、それ欲しさに協力してくれる可能性もあったのに。
今着ているワンピースをごそごそ探ってみるけれど、もちろん何も出てこない。
今まで自分の力なんてなんの役にもたたないと思っていたけれど、こういう時になら使える能力なのかも。ちゃんとお菓子を持っていれば、だが。
「しょふぃあ、よーしゃしゃんたちはぁ?」
妖精が見える「祝福の瞳」を持たないターニャに首を振ってからぶりを伝えると、目に見えてしゅんとしてしまった。
「すみません。あぁー、ほんと、誰か助けて」
心細くて、怖い気持ちがもう何日もずっと続いている。
それでも一緒にいる幼い子のために頑張って自分をたもっていたのだ。
(でもそろそろ限界かもしれないわ)
長く続く不安に、ソフィアはくじけてしまう直前だった。
「…………」
考えだすとぐるぐる頭の中が不安ばかりになってしまって、思わずぎゅっと身を縮める。
「しょふぃあ?」
「ごめんなさい……」
「……。よしよし。だいじょーぶよぉ」
背中を小さな手が撫でてくれる。
こんな幼い子にこんな気を使わせて、ますます落ち込んでしまう。
そして優しさが、すごく心に染みる。
思わずソフィアがスンと鼻をすすったとき――――。
「やぁやぁ、久しぶりだねぇ」
聞きたくなかった三日ぶりに聞く声が頭上からして、びくっと体がはねた。
恐る恐る顔を上げると、でっぷりと肥った男の人がいた。
ソフィアとターニャの誘拐をメルシアに命じた、トーマス子爵だ。
目覚めた後、一度見て以来ずっと現れていなかったのに。
(なんの用かしら)
怪訝に思いつつもターニャを背中の後ろに押しやっていると、にやにやと嫌な笑いを浮かべながら、トーマス子爵は牢のカギを開けて中へ入ってきた。
「っ……」
近づいてくる。
狭い牢の中では逃げる場所なんてほとんど無い。
彼に肌をなでられたあの気持ちの悪い感覚がよみがえってきて、ソフィアの全身に勢いよく鳥肌がたった。
「こっちに来ないで!」
きつく睨みつけて牽制したのに。
「ふふふ。元気だなぁ。かわいいなぁ」
相手なぜか喜んでいる。




