20
ソフィアの住まいであるジェイビス家の執務室。
そこでルーカスは髪に手作りの髪飾りをつけた中級妖精キーに向き合い、深々と頭を下げる。
「頼む。キー、ほかの下級妖精たちと一緒にソフィアとターニャ王女を探してほしい」
――他のどの妖精でもなくキーに頭を下げるのには、理由があった。
人間だけの捜索では限界という状況な以上、無数にいる下級妖精たちの協力が欲しかった。
彼らは世界中のどこにでもあふれるほどにいるから、情報を伝達して行けばきっと見つけられるはずなのだ。
しかし残念ながら、妖精には上下関係というものが存在しない。
妖精王とその他という感じで、唯一絶対的存在である妖精王が命じれば言うことは聞く。
だが最上級妖精のジンや上級妖精のリリーが命じても、中級妖精も下級妖精も聞いてなんてくれない。聞く義務もない。
彼らを動かすことが出来るのは妖精王のみ。
だから今までは、ジンとリリーしか捜査に加わっていなかった。
(だがソフィアが言うには、キーは下級妖精たちのリーダー的立場になっている)
最上級妖精のジンでも上級妖精のリリーでも、他の妖精を統率することなんてできないのに。
キーが言えば、下級妖精たちが聞き入れるらしい。
なぜそうなのかはわからない。
特別な妖精なのか、ソフィアの菓子に何か効果があるのか。
とにかくキーにその気になって呼びかけてくれれば、たくさんいる下級妖精たちに協力してもらえるかもしれないと思いついて、ルーカスはマークスとともにここに来た。
カーペットの上、キーの目の前に正座したルーカスは、二週間でたまった疲れによる隈とやつれを顔ににじませつつ必死に頼む。
「キー。ソフィアを助けるために、協力してくれないか」
「うううーむ」
両手に抱えた身の丈ほどのクッキーをぽりぽり噛み砕きつつ、キーはうなる。
「ソフィアさんのおかし、ないのはこまりますですね?」
面倒くさそうな返事ばかりだった下級妖精とは違い、中級妖精のキーはやはり事態をなんとなくでも理解しているようだ。
ソフィアがいない。
だから近ごろお菓子が食べられない。
だから困る――という程度のもので、その問題の解決のために自分から何かするというところまでは行きついていないようだが。
(このままソフィアがいないのが続くとどうなるのか、どうすればお菓子が食べられるのか、誘導すればいけるはずだ)
「そうなんだ。ソフィアがいないと、本当にずっと一生あのお菓子をたべられないんだ。一大事なんだ」
「え? ……いっしょう?」
ぱちり、とキーの瞳が瞬いた。
「あぁ、キーの協力がないとソフィアはもう帰ってこられない。もう一生、キーはソフィアのお菓子を手に入れられなくなる」
「なんと……!」
ソフィアがいなくてお菓子がなく、食べられなくて悲しいけれど、だからと言ってその原因究明のために動くことは思いつかなかったキー。
でもあれほどソフィアのお菓子が好きなのだ。
促せばきっと動いてくれるはずだと、ルーカスは思っていた。
事実、この先ずっと一生これが続くのだとルーカスの話を聞いて気づいてしまったキーは、雷に打たれたかのような驚愕した顔をしている。
持っているクッキーをぽろりと落とし、カーペットにお尻をつけていた彼女は立ち上がった。
とてもやる気に満ちた表情だ。
(いける……!)
そう確信したルーカスは、さらに追い打ちをかけることにした。
「キーはすごいからな。ソフィア捜索隊のリーダーとして適任だと思うんだ」
「り、りーだー! すてきなひびき!」
「それにソフィアも、キーをとても頼りにしていると思う」
「たよりに!」
「きっと今頃、キーが来てくれるのを待っている」
「ソフィアさんが!? まぁ! まぁまぁ!」
両手をあてたキーの頬がぽっと熱を帯びていく。
さらにクッキーを配り終えたマークスも説得に乗り出した。
「キー。本当にこれはキーにしかできない特別なことなんだ」
「とくべつ。キーはとくべつです?」
「あぁそうだ。下級妖精たちのリーダーとなり、ソフィアを捜索するために彼らに呼び掛けてほしい。……頼めるだろうか?」
最後に少しだけうかがうように尋ねると、キーはきりりと眉を上げて空中に飛びあがった。
立ち上がったルーカスと同じくらいの高さで、大きく息を吸い込みお腹が倍くらいに膨らんでいく。
そして彼女は、響く大声を吐き出す。
「っ、みなのものおぉ――!!!!」
やはりキーの言葉を下級妖精たちはよく聞くようで、注目が集まった。
「なぁに?」「なんだなんだ」と集まってくる。
「たいへん! たいへんです! ソフィアさんをさがすのです! おかしがなくなるのです!」
「なんと!」
「いちだいじ……いちだいじ?」
「いちだいじです!」
「たいへんだ!」
キーは両手足を広げ、まわりに号令をおくる。
「おかしを! おかしをさがせぇぇぇ!!」
「「「あいあいさー!」」」
キーの周りに集まってきていた下級妖精たちが、揃ってびしっと敬礼で答える。
すばらしい統率っぷりだ。
「いや、お菓子ではなくソフィアを探してくれ」
ルーカスの突っ込みは完全に流された。
キーの呼びかけが功をそうし、他にも何処からともなくわらわらと出てきた下級妖精達が、開けた窓から空へと散ってゆく。
小さな背中を見送りながら、何らかの情報が見つかってくれとルーカスは願った。
その隣に立ったマークスが声をかけてくる。
「王女をさらうのだから、そうとう綿密に計画を立てていたのだろう」
「えぇ。これだけ足跡を追えないのも、それだけの下準備をしてきたからだと」
今ごろ攫われた二人はどうしているだろうと想像し、ぐっと重い気分が喉から沸き上がる。
監禁されて、怒鳴られたり、暴力を振るわれたり。
身体的な拷問や、麻薬も使われる可能性もあるだろう。
そして妙齢の女性を心身ともに傷つけるのに一番効果的な、性的な暴行の可能性さえもある。
――――彼女たちを傷つける方法のありえる全てを想像し、そのどれかでも今現在受けている真っ最中なのではと考えると、頭を掻き毟るだけでは堪らないもどかしさに苛まれる。
「ルーカス、この家をでたら伯爵家に戻れ。今日こそ休んで寝ろよ」
「……無理です。捜索に加わらせてください」
(誘拐されてからもう二週間……)
一番最悪な、すでに殺されている可能性がふと頭に浮かび、首を振ってふりはらう。
(死んでるとか……そんなの、有り得ない)
だってソフィアがこの世からいなくなれば、ルーカス自身がもう生きている意味なんてなくなってしまう。
(ソフィアは僕がまだ十歳で、初恋なんて一時のものだと思っているようだけど)
思い浮かべるだけで胸にうずく熱い感情や、切なくなるほどに愛しいと思うこと。
誰にも渡したくないという強烈な独占欲。
そして今ここに彼女がいない事実に泣き叫びたいほど不安になってるくらい、自分の感情をかき乱す人にこの先出会える気なんて絶対なかった。
自分の人生の全部をあげたいと思える人。
だからその想いのまま、彼女を護れるようにと伯爵の地位を得たけれど本人にとっては重荷になってしまった。
伝え方を間違えて仲違いしたまま別れしてしまったことを後悔しつつ、しかし今は誘拐犯から救い出すことが優先だと、ルーカスは顔をまっすぐに上げるのだった。




