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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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80/91

18



(この人、誰……?)


 鉄格子のむこう側、メルシアの隣にあらわれたのはでっぷりと太った男だった。

 おそらく年は五十代くらい

 仕立てのいいジャケットにボリュームのあるスカーフ。

 指には大きなグリーンエメラルドの指輪が輝いている。

 

(恰好からすると貴族よね。でも私、貴族についての知識なんてほとんどないし)


 ソフィアではこの人が誰なのか想像さえも付かなかった。

 それでも今の状況からして、彼は味方ではない。

 ぎゅっと縋り付いてくるターニャの体温に励まされながら、強く男をにらみつけた。


「貴方が私とターニャ様を誘拐しろとメルシアに命じた人?」

「そうだよ。でもきみぃ、言葉遣いには気をつけないとだめだよぉ? 可愛くないよぉ」


 間延びした口調。

 にやにやと嫌な感じに笑む表情。

 一見していい印象を感じない男に、ソフィアはツンと顎を反らした。


 愛想なんて絶対にふりまいてやらない。


「誘拐犯に敬語を使うつもりはないわ」

「やれやれ。生意気な女の子だなぁ」


 男は肩をすくめたあと、おもむろに壁にかけられていた道具の中から一本の革のムチを手にとった。


「仕方ないねぇ。これは躾が必要だねぇ」


 そしてにやりと嫌な笑いをこぼしたかと思えばー―――パシンッ!

 床にそれは勢いよく叩きつけられ、大きな破裂音のような音が響く。


「ひっ……」

「っ!」


 空気を揺らす音に、ソフィアとターニャは肩をはねさせた。 

 びっくりして一瞬だけ目をつむってしまって、そして次に開いた時、とても満足げに笑う男と目が合う。

 怯えて小さくなるこちらの姿を喜んでいる。


「ふふふ。かわいいねぇ。いいねぇ。女の子の怖がる顔って、ほんとうに素敵だ」

「……」

 

(女の子の怖がる顔? 素敵? 何言ってるのこの人)


 なぜ喜ばれているのか、理解が追い付かない。

 びっくりして言葉も出ない中、男はその理由を自分から語って聞かせてきた。


「ぼく、ぼく、僕ねぇ。可愛い女の子が大好きなんだぁ」


 と、なぜか照れたように告白し。


「今までたくさんの女の子と遊んできたけどねぇ。やっぱり王女は格別だよぅ」


 と、興奮に満ちた目でこちらを眺めて。


「だって至高の色を持った子でしょぉ? 憧れてたんだよぉ。やっと叶うんだね」


 と、幸せそうに一人で頷いている。



 至高の色とは、この国では王族の特徴である赤い髪に青い瞳をしめす色だ。

 この国でもっとも高貴な血を引いた一族の髪色と瞳の色。


「王女の高貴な色。無垢な明るさ。いいよねぇ。たまらないねぇ。それを汚して壊してみたら、どんなふうに泣いてくれるんだろう。まず髪を切って、それからムチで打って、それからそれから焼き印をつけてさ……あぁぁ楽しみだねぇ」


 ソフィアは恍惚とした男の口から出てくる言葉全てにぞっとした。


 ――――異常だ。


 彼は女を虐待することに快感を覚える、異常な人なのだと分かって嫌な汗が吹き出した。


 つまり自分たちが今閉じ込められているのが、そういうことをするための場所で。

 牢の向こうの壁に数えきれないほど並んだ鞭や刃物が、そういうことをするための拷問道具というもの。

 とても気味が悪くて、ターニャをさらに彼の視線からふさぐように自分の後ろに押し込んだ。


「あ、そうだ!」


 男が一際はねた明るい声を出したかと思ったら。

 なぜか右の中指にはまった大きなエメラルドの指輪を見せてきた。


「これこれ、凄いだろう? これ、メルシアにも持たせててね。これで王女の大切なものを壊すように言ってたんだ。絵を切ったって聞いた! わんわん泣いて怖がってたってさ! あぁぁ、直接みたかったなぁ」

「……?」


 確かにターニャの絵は切り刻まれていた。

 でも本人の目には触れていないはずだ。

 しかし男はターニャがそれに傷つき、怯えた日々を送っていたと思っている――メルシアが虚偽の報告を彼にしていたということだろうか。

 

 それに、指輪で絵を切り刻んだとはどういうことだろう。

 不思議に思って首を傾げた時――窓のない密室のはずなのに、ふわっと風が吹いた。

 髪がひと束、ふわりと翻る。


「いっ!」


 次の瞬間、頬に鋭い痛みを感じてソフィアは顔を顰める。

 頬に手を当ててみると、生暖かいものにふれた。

 見てみると手は赤いで汚れている。


(え、どうして? ほっぺが切れてる?)


 驚いていると、また風がふいた。

 今度は右の方でガチャンという音が聞こえ、壁から伸びていた拘束具の付いた太い鎖が切れて石床に落ちていた。


(あの太い鎖が切れた? え? 何で?)


 わけが分からなくてターニャをかばいつつ混乱するしかない。

 動揺するソフィアの視線の先、男はムチを手にもったままポケットから鍵を取り出す。

 牢屋の鉄格子に取り付けられてある、ソフィアでも身をかがめなければ出入りできない小さな入り口の鍵を開けて、彼は入って来てしまった。

 ソフィアは後ろへ後ずさるけれど、狭い空間ですぐに距離は縮まっていく。

 男は一歩ずつ近づいてきながら、指にはまった指輪をうっとりとした表情で眺めていた。


「これさぁ、凄いよねぇ。手を触れずにどんなものでも切り刻めるんだもん。ほんとすてきな力を持った指輪だよぉ」

「は……? 指輪で切り刻む?」 

「うんうん。これでさ。ちょっとずつ……ちょっとずつさ。指の爪から切っていって、少しずつ切り刻んでいったら、どこまで正気を保てるかなぁ」

「っ……」

「きっと、王女はとっても素敵な声で泣いてくれるよねぇ。絶対王女に使いたくてね、もうもうもう! どうしても我慢できなくて! メルシアがお金に困ってたところに居合わせたのは運命だよね! お金で王女が買えるだなんて本当によかった。あぁぁ、楽しみだなぁ」


(本当に、ものすごくやばい人だ……)


 彼の言う事を信じるとするならば、指輪で今の鋭い風を操ったのだろう。

 でもそんなことが可能なのか。


 ただ分かっていることは、この男が女の子を傷つけることが好きらしい大変危険な思考の持ち主だということ。



 そして男が本気で望んでいるのはターニャだ。

 王族という国で一番高貴な女性を、嗜虐する事にずっと憧れていた。

 その機会を、メルシアという王族付きの侍女に出会ったことで得てしまった。

 なんでも切り刻めると言う指輪をどうしてもターニャ王女に使いたくなって、我慢できなくて。誘拐をメルシアに命じた――という流れらしい。


(ほんっとうに最低な人間だわ)

 

 ソフィアは男を心から軽蔑した。

 そして心から怖いと思った。

 人を傷つける事に喜びを感じる人間になんて、会ったことがなかった。

 足もずっと震えている……けれど踏んばって立ち続ける。

 幼い女の子を守っている以上、折れるわけにはいかなかった。

 たぶん、一人きりだったならもう崩れ落ちて泣いていたのだろうと思う。


「ねぇ……どうして、私も一緒に攫ったの? 貴方がずっと憧れていたのは王女なのでしょう?」


 とても機嫌がいいらしい男に、ソフィアは一番気になっていたことを訊ねてみた。


「この指輪を貰う引き換えに、君を手に入れて引き渡す約束をしたんだよぉ。王女の近くにいたから本当に丁度良かったぁ」

「え?」


 男が『君』とムチの先でさしたのはソフィアのことだ。


「だから君のことはあんまり泣かせてあげられないんだよねぇ。渡さないとだから。元気で明るくって、王女ほどじゃなくてもすごく泣かしがいのある女の子なのに残念だなぁ」



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