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 ルーカスの座っていた椅子の背もたれの向こう側から、羽の生えた小さな生き物が現れた。

 しかも、ルーカスと何やら会話が成立している。

 彼にも見えて、声も聞こえているようだ。


「よう、せい?」


 ソフィアの唇から、掠れた声が漏れた。


 たぶん、きっと妖精で間違いないのだろう。

 

 だって羽が生えている手のひらサイズの小さな生き物なんて、そうとしか思えない。

 そもそも、さっきの彼の言動からして、この人が妖精に手紙を託した人で確定のようなので、傍に妖精がいても不思議じゃない。


 でも。



 ソフィアが驚いたのは、『妖精』が出てきたことじゃなく。

 妖精は自分の中だけの妄想じゃなかったのだと、ついに証明されてしまったことでもなく。


(う、うちのと違う…! この子、ぼんきゅっぼんじゃん!)


 知ってる妖精と、全然全く姿が違ったことにあった。

 

 ソフィアの家に居るのはコロコロ丸々した、マスコット的な、二・三頭身の容姿の子達だ。

 背中に生えてる羽なんて小さすぎて、どうしてソレで飛べるのだと突っ込みたいほど。


 なのに、今目の前に現れたばかりの妖精は、サイズが小さなだけで、普通に大人体型の美女だったのだ。

 

 形の良い胸にくびれた腰つき。

 すらりと長い脚が不思議な輝きをまとう美しいドレスのスリットから覗いている。

 まさに大人の色気をたたえた美女だった。

 透明感のある銀色の髪に、切れ長なアイスブルーの瞳。

 目元には一つホクロがあって、これも大人っぽい色気を作り出す要因だろう。


 身長は十センチ前後と小さかったけれど。

ころんころん転がるほどに丸く幼児体型な、ソフィアの家に出るソフィアの知っている妖精とは雲泥の差だ。



「綺麗……」


 特に切れ長なアイスブルーの瞳がとても美しい。宝石みたいだ。


 着ている服もソフィアの家にいるのは質素なワンピースやズボンなのに。

 この子はとても凝ったデザインの優美なロングドレス姿だった。

 背中に映えた羽は白色かと一瞬思ったけれど、光の具合によって様々な色に見える、とても不思議で美しい羽だ。


 そのとてもとても美しい妖精は、ソフィアの目の前まで飛んできた。

 あまりの美しさに呆然としたままのソフィアに向かって、彼女は形の良い赤い唇を開く。

 まなじりをつり上げて、腰に手をあてて胸を張りながら。

 透き通った綺麗な声で言葉を紡ぐ。

 

「ふんっ! 間抜けなお顔をした人間だこと! 貴方があのお菓子を作っただなんて、とても信じられない!」

「しゃ、しゃべった!」

「喋るわよ!」

「喋るだろ……」


 妖精がツンとそっぽを向き、ルーカスがあきれたように言う。

 馬鹿にしているような彼らの言葉に、ソフィアはつい反論した。

 

「だって! うちの子達は、話し方はカタコトで、行動も二歳児みたいな頭の悪さで! なのにこの子はこんな見た目で頭も良さそうで、同じ妖精だなんて信じがたいです!」

「そんな下級の妖精と一緒にしないで! 失礼ね!」

「そうだ! リリーに失礼だ!」

「だって私、妖精って総じてお馬鹿でお間抜けなんだと思ってたのに、こんな知的で綺麗な感じの妖精がいきなり出てきたら驚きますよ」

「あら……知的で綺麗?」

「お前、なかなか分かってるじゃないか」

「え。はい……どうも…………」


 褒めた途端にルーカスも、リリーと呼ばれた妖精もとても鼻高々といった感じになった。

 

(なに……)


「とにかく、早くお菓子おかし! ルーカス!」

「あぁ、すぐに」


 妖精がルーカスの手元に飛んでいくと、ルーカスは一口サイズにちぎっていたパウンドケーキをリリーに手渡した。

 両手でパウンドケーキを持ったリリーは、少しだけはにかみを浮かべる。

 彼女はすぐにいそいそと、机の上に置いたバスケットの手すりの部分に腰かけた。

 座り方もきちんと足を揃えて、一つ一つの仕草もとても優雅だ。

 

(この上品さ、うちにいる下級らしい妖精にも見習ってほしいわ)


 ソフィアとルーカスの見守る中、両手で抱えたパウンドケーキをリリーが口に含む。

 ドキドキしながら反応を見ていたけれど、ゆっくりと咀嚼したリリーの頬は、次第に緩んでいく。


(あ、気に入って貰えた?)


 リリーは止まることなく、二口目、三口目と食べ進んでいく。

 リリーの手の中にあった分が無くなると、タイミングを計ってルーカスがもう一欠片リリーに渡した。

 ソフィアにたいしては偉そうだったルーカスだが、リリーに対してはかなり甲斐甲斐しいようだ。



「リリー、気に入ったか」

「そうね……いいと思うわ」


 そっけない返事ながらも、リリーは大きな口を開けて夢中でバクバク食べている。

 美女のほっぺにお菓子の欠片がくっついている図は、ちょっとかわいい。

 そんなリリーを見ながら、ルーカスは幸せそうにしている。

 ソフィアに対する偉そうな態度とは違って、とろけるような天使の表情だ。

 少し彼らの会話を聞いただけだけれど、どうやらルーカスは妖精に首ったけのようだ。

 まるで女王様と下僕のようだと思ってしまったソフィアの考えは、たぶん間違いではない気がする。


「このお菓子、予想した通りだわ」

「ではやはり、この娘の作る菓子は他とは違うのか……」

「えぇ、間違いなくってよ。この子の作るものは、とっても変わってる」

「なるほど……」


 もう一欠片パウンドケーキを受け渡しながらするルーカスとリリーの会話に、ソフィアは首を傾げた。


 自分の作るお菓子が、一体どうしたというのだろう。

 ごくごく普通の手作りのパウンドケーキだと思うのだけど。



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