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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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12



 今、ここに居る百近くの人ほぼ全てに、「どうしてここにいるのだ」という目で見られる疎外感。

 

(そんなに人の目を気にするような性格でなかったはずなのに)

 

 でもあまりに自分が異物な存在みたいで。

 息苦しくて、しんどい。


(ここに、居たくない)


 逃げ出したくなって後ずさりしてしまったソフィアの前に、誰かが立った気配がした。


「あ……」


 いったい誰だろうと、うつむいていた視線を上げると、そこにあったのは小柄な子供の背中だ。

 急いで来たのか、ふわふわの金髪がゆらゆら揺れている。


「彼女は、僕が招待した大切な友人です」


 まだ声変わりさえしていない少年特有の高い声は、広間いっぱいに響いた。

 注目を集める中、彼は一番近くにいた紳士ににっこりと笑み、首を傾げてみせた。

 ソフィアからは背中しか見えない。

 けれどどんな顔をしているか想像できるくらいには、彼を知っている。

 きっと余所行き用の、最近のソフィアには見せない威圧感のある笑顔だ。


「……何か問題がありますでしょうか? ここは僕が、これからお世話になる方々へ挨拶をする為に開かせていだいた場です。貴族のみ、という制約を設けたつもりはありませんが」


 名目上、何一つおかしいところはないだろうという圧力を掛けているらしい。

 ルーカスに話しかけられた紳士は、曖昧な笑みを浮かべ、焦ったように言い訳を始める。


「いえいえまったく。ルーカス様が望んで招待されたのなら、構わないのですよ。ですよね! 子爵殿!」

「え! えぇえぇ。何も問題ございませんとも」

「素敵なお友達ですわね」

「本当に」


 固い笑いが広がっていく。

 そんな中、ソフィアは目の前の背中を呆然と見ながら、きゅっと自分の胸の辺りで手を握った。

 

(ルーカス様、守ってくれようとしている)


 ソフィアを、正式に招待した客人であるのだと強調してくれている。

 おそらく彼らが下手に出るのは、ルーカスの後見人が王族だからということが大きいのだろうが。

 そういう自分の持つ力を理解した上で使って、ソフィアの盾になってくれた。


 もちろん嬉しいと思った。


(――でも)


 居たたまれなさは、変わらない。

 ソフィアを攻撃する声だけがなくなったって、異物をみる周囲の目は変わらない。 

 チクチクとした視線が息苦しくて仕方がない。


(やっぱりここに、居たくない)


 一度怖じ気づいてしまった気持ちを立て直すには、仕切り直しが必要だ。

 

「……ルーカス様。私、外の空気を吸いに出てますね」


 かすれた声でそう言うと、驚いた顔で振り返るルーカスにもう何も返せず。


 ソフィアは足早にその場を後にしたのだった。



* * * *

 


 フィリップ伯爵邸の広い庭園。


 夕暮れで赤く染まる光景の中、ソフィアは奥へ奥へと入って行く。

 とにかく自分を責めるような人の目から逃れたかった。あそこから離れたかった。


「ソフィア! 待ってくれ!」


 背中から追いかけてくる声が聞こえるけど、止まれなかった。

 

(だってなんか……今の私、変な顔してる!)


 怒ってるのか悲しいのか困っているのか、自分でも分からない。

 でも嫌な感情が噴き出してしまいそうで、しかしそれを彼にぶつけるのは違うと思う。

 だからまず一人になって冷静さを取り戻したい。

 なのにルーカスは、諦めずにしつこくどこまでも追ってくる。


「ソフィア、止まってあげてよ」

「っ、リリー……」

「お願い!」


 飛んでソフィアの目の前まで先回りしたリリーに通せんぼされて、ソフィアの足はやっと緩む。

 彼女をよけて進もうとしたけれど、そこで後ろから追いついてきたルーカスに手首をつかまれてしまった。

 ぜえはあと荒い息を吐いていて、ふらふらになっている。

 でもソフィアを掴んだ手の力はとても強くて、振りほどくことは許されなかった。


「っ……は……お前、足早すぎ……」

「……普通ですよ」


 むしろいつもと違うドレスと靴のせいでかなり遅くなっている方だ。

 それでも体格差によってルーカスが追い付くのは大変だったらしい。

 少しして息を整えた彼は、肩を落として謝罪を口にする。


「ー―すまない。まさかあんな事になるとは」

「……でしょうね」


(私だって、まさかここまであからさまに嫌な顔されるなんて思って無かった)


 普通、分別のつく人間なら、たとえ気に入らない人がいて気分を害したとしても、場の雰囲気を壊さないように態度をとりつくろったりするものではないか。

 なのに彼らはとてもあからさまにソフィアを見下していた。

 本当に嫌な人ばかり、招待されているらしい。


 それとも自分はそれほどにも、彼の友人として不自然な存在なのだろうか。

 

「……私、ルーカス様の友達でいていいんでしょうか」

「どういう意味だ」

「だ、だって、……少なくとも、さっき周りにいた人のほとんどはそう思ってます。私が伯爵様と友人なんて、変だって」


 ルーカスが伯爵になってしまった以上、もうただの平民の自分が傍にいていい相手じゃないのかもしれない。

 

 友人関係なんて本人たちの気持ち次第だと思っていたけれど、周囲がまったくそう思わないようだ。

 そんな誰もがおかしいと思うような関係を、続けていていいのだろうかと不安になった。

 

(しかもこれ、私が確実にルーカス様の足を引っ張ってる)


 自分の存在が、彼の評判を落としてしまうかもしれない。

 これから頑張ってフィリップ家を立て直していこうと頑張っているのに、邪魔になってしまう。

 それが嫌だった。


「伯爵と友人だと変だなんて……どうしてそんな事を言うんだ」


 だって、たくさんの人に笑われた。

 お前が伯爵の友人だなんておかしいと責める目で見られた。

 一人や二人ならともかく、たくさんの人の悪意にさらされて平気だと胸を張れるほどに強くない。

 なにより大切な友人であるルーカスの足かせになんてなりたくない。


「僕は、ソフィアの為に爵位を継いだのに」

「え?」


 ぽつりと言われた事が理解できなくて、ソフィアは瞳を瞬いた。

 ソフィアの視線の先、ルーカスは切なそうに瞳を揺らしつつ言う。 


「ソフィアの為に、僕は爵位を受け取った。権力は何かを護るための力にもなるのだと、教えてもらったから」

「なに、それ、私のためって……聞いてませんけど」


 ――――それはつまり、ルーカス自身は伯爵位を望んでいなかったということだろうか。


 なのにソフィアの為に、ソフィアの力になるために継いだ。


 これから彼がする全てのこと。

 使う権力も財も、発言も、何もかもソフィアの為。

 それらにどれほどの価値があるか、責任があるか、分かっているのだろうか。


(そんなの、いらない)


 そんなに凄いものを使って守られる意味が分からない。

 自分はそんなたいそうな存在じゃない。

 想いに、答えられない。重い。欲しくない。


「そ、そんなの、私、頼んでないし望んでませんっ」


 ソフィアは青い顔で首を振る。

 いらない。そんなの望んでいないと伝えたくて。

 でも返って来たルーカスの反応は、機嫌を損ねたようなものだった。


「どうして。僕はソフィアのために頑張ってるのに」

「だから! それがいらないって言ってるんです……! 私は、普通でいいのに。私の為に爵位を継ぐなんて事、しなくていいのに」

「……ソフィアは僕が困っていたら助けてくれようとするだろう。ソフィアが困ったとき助けられるような力が欲しいと思って手に入れたことの何が悪いんだ」

「っ……それは」


 どうして分かってもらえないのだろう。

 ソフィアのなりたいのは、お互いに支え合う関係。

 身分の差も、年齢の差も関係なく、ただふつうに付き合っていきたいのに。

 ルーカスがくれようとするものはあまりにも大きすぎて困るだけなのに。



 しばらくにらみ合っていたけれど、結局結論は出なかった。

 どうしてもお互いの『譲れない事』がかみ合わないのだ。

 たぶん『貴族の位』はルーカスからすればあの時に継ぐと口に出せば手に入るものだったのに反して、ソフィアからすれば何をどうしても手に入れられないものだから。

 ソフィアにとってそれがどれほどに重く遠いものなのか、貴族の家に生まれた彼には真に理解できないのだろう。

 それを自分の為に使われるなんて、罪悪感しかない。


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