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「わー、まさにお屋敷って感じ」


 パウンドケーキを作った翌日、閑静な貴族の屋敷の並ぶ王都の一画。

 門の向こう、広い庭のそのまた向こう側にそびえる伯爵邸を見上げ、ソフィアは感嘆の息を吐いた。

 

(門構えからして違う世界過ぎる! き、緊張してきたぁ……!)


 パウンドケーキの入ったピクニックバスケットを持った手に、思わず汗がにじむ。


 王都はとても治安が良い。ソフィアは夜でも遠方でもない、真昼間に都中に出掛けるくらいで、付き添いや護衛を引き連れる習慣はもって無かった。


(でもこれは流石に、うちのメイドのオーリーか、屋敷の誰かに一緒に来てもらうべきだったかなぁ)


 小娘一人が乗り込む場所としては、敷居が高すぎて気おくれする。


「まぁでも、今さら後悔しても仕方ないし!」


 一応、失礼のない恰好で来た。

 上質な脹脛までの丈のドレスには、大きなリボンが腰についている。生地も上質なものだ。

 ダンスパーティーでも開かれてない限りは問題ない服装だろう。

 もう一度、自分の恰好を見てシワが無いか、リボンが曲がっていないかを確認したソフィアは顔を上げて気合いを入れた。


「――――よしっ! あの、門番さん。私、ルーカス様に呼ばれてきたのですが、ご在宅でしょうか」

「……ソフィア・ジェイビス様でしょうか」

「えぇと、はい。ソフィアと申します」

「伺っております。ようこそおいで下さいました」

「よろしくお願いします」


 門番から、屋敷の執事というおじさんにソフィアは受け渡され、屋敷の廊下を彼について歩いていく。

 

「こちらでルーカス様がお待ちです」


 そう言われて開かれた、木製扉の向こう側。

 そこに立っていた男の子に、ソフィアは緑色の瞳を大きく見開いた。


「わぁ……」



 ――こんなに綺麗な子、見たことがない。


 波打つ金髪に透き通った青い瞳。

 柔らかく細められた目元を縁どる長いまつげも、髪と同じ色の眉毛も、唇も、輪郭も、何もかもが有り得ない程に整っていた。


「こんにちはっ、ソフィアおねえさん。僕はルーカスといいます」


 そのとてつもなく綺麗な、ソフィアよりずっと年下の、十歳に届いてもいないように見える男の子が唇から吐きだした、柔らかくも甘い声にソフィアの顔は真っ赤になっていた。


(か、かわっ……! 可愛い!)


 可愛くて、綺麗。

 しかも容姿だけじゃなく、とろけるように甘い声とふわふわの笑顔。

 ソフィアの胸下くらいまでしかない身長に、少し細すぎるのではと思えるくらいスラリとした手足。

 あまりの男の子の愛らしさに当てられたソフィアは、くらりと眩暈さえした。


(天使か。天使とはこのことか。おねえさんって呼ばれちゃった! ひゃー!)


 薄赤色の小さな唇は、ソフィアへと向けられている。

 子どもらしいあどけなさを含んだ瞳にみられてる。

 年上のお姉さんはきっと、ソフィアだけでなく皆メロメロになるに違いない。


 それくらい、本当に背中に羽が生えていてもおかしくないくらい、『天使』と呼ぶにふさわしい容姿と笑顔だった。

 

「僕、ソフィアおねえさんとお話ししたくて。わがまま言って、来てもっちゃって、ごめんなさい」

「えっ、い、いや……」


 眉を下げてしゅんと落ち込まれると、こちらがとんでもない罪悪感に見舞われる。

 

(なんていうか……まぶしい……)


 今までのソフィアの人生になかった、無垢で癒されて愛でたくて仕方がなくなる存在。

 妖精も愛らしいには愛らしいが、煩くてうっとうしい。

 奴らは摘まんで思い切り放り投げて捨ててもまったくへこたれない、驚異の図太さだ。

 でもこっちは違う、ほっぺを指で突いただけで泣いちゃいそうだ。

 その泣き顔も堪らなく庇護欲をそそるだろう。


「いえっ、お気になさらないでください。る、ルーカス様」

「そう? おねえさん、嫌な気持ちになってないかなぁ?」

「だ、大丈夫! 全然問題ないです!」

「……ふふっ、良かったぁ。あ、どうぞ座って?」


 椅子を進められて、ソフィアはぎこちなく座った。

 そこに、控えめなノックの音がして女性が入って来る。

 恰好からしてメイドのようだ。


「失礼いたします。お茶とお菓子をお持ちいたしました」

「うん。ありがとうっ!」

「有り難うございます」


 無邪気な笑顔と、少しぎこちなく頭を下げたソフィアに丁寧に礼を返したメイドが退室し、扉を閉めた。



 その一拍の間のあと、急に――――部屋の温度が下がったふうに鳥肌を感じた。


(ん? な、何?)


「―――さて」


 部屋の温度ばかりでなく。

ルーカスの声色も、ワンオクターブ低くなったような。

 とつぜんの空気の変わりように驚いたソフィアが彼の方を向くと、先ほどの印象からがらりと変わっている。

 目が、柔らかで無邪気なものから冷えたキツイものへと変化しているような感じもした。


(へ?)


 ソフィアは意味が分からなくて、ぽかんと呆けた。

 

「出せ」

「え?」


 目の前の一人用ソファに深く腰を掛けたルーカスは、足を組んで顎をクイッと上げてみせる。


「ほら、さっさと持ってきたものを出せよ。どれだけ待ってたと思うんだよ、愚図が」

「は?」

「――なに? 真っ赤になっちゃってたけど、貴族のお坊ちゃんに好かれてドキドキしたとか? はっ、あんたみたいなブスに興味なんてあるわけないじゃん。見た目に騙されて、ばっかじゃない?」

「…………」

「余計ぶっすい顔になってるよ? おねーサン?」


 とてもとても小馬鹿にしたふうに、ふっと鼻息を吐きながら意地悪に笑う、少年。

 彼はついさっきまで、天使のように無垢で愛らしいふわふわな笑顔を浮かべていたはずだ。


「に……二重人格?」

「ばーか。あっちは余所行き用。良く見られるためにネコかぶるなんて常識だろ。初対面だから一応、良い顔して出迎えてやったけど、そんな価値もない平凡な女だったなぁ」


 ふうとあからさまな溜息を吐いて、首を振るルーカス。


「なっ…!」」

「はは! 間抜けな顔ー。だいたい、あんな純真無垢な子ども、今どきいる訳ないだろ。夢見すぎ。顔だけじゃなく、頭まで抜けてんのな」


 足を組み替え、肩ひじをひじ掛けにかけた彼は鋭利に目を細めていう。



 カッと熱くなった頭を、しかしソフィアはぐっと顎を引いて必死に抑えた。

 怒鳴ってゲンコツを落とさなかった自分をほめてやりたい。

 


(いや……待て、我慢しろ私。相手は子供! お子様! 十歳児! 私は十五! 大人!)


 この国での成人は男女ともに十八なので、正しくはまだ子供なのだが。

 十歳くらいのこの子と比べれば、大人なつもりでいる。

 ルーカスの態度はものすごく苛立たしい。

だが、男の子の悪戯とは総じて性質(タチ)が悪く憎たらしいもの。

 近所の悪ガキどものやり方と質が違うのは、生まれ育ちもあるのだろう。きっと。たぶん。


(そうよ。子供のいたずら。ジョークよ。良い子の演技してみせて、からかわれたくらいで熱くなってたら切りがないわ。可愛い顔してるけど、本当は悪ガキだったってだけよ)


 ソフィアは自分に自分でそう言い聞かせながらも、テーブルの上へバスケとを置く動作につい力がこもってしまう。

 ドンっと荒々しくおいたバスケットを、ルーカスの方へと寄せた。


「はいどーぞ。伯爵子息様、ご要望のお菓子ですよっ!」

「……ふむ」


 ルーカスは足組を解いてバスケットに手を伸ばした。

 蓋を開くと、中には包み紙の上にリボンを巻いて結んだパウンドケーキが一本。

 そのまま彼は手に取ってリボンをほどき、包み紙をめくると、すでに一切れずつに切り分けているパウンドケーキがソフィアからも見えた。

 程よい焼き色。見た目は完璧。味も、昨日一緒に焼いて妖精たちにやった分を一口食べたけど、問題なかった。

 一晩おいたから食感もしっとりしていい感じになってるはずだ。


 ルーカスは包み紙に包まれたパウンドケーキをテーブルの上におくと一切れつまみ、さらに小さく、人間の一口分ほどにちぎる。

 そして視線を後ろへと投げた。


「リリー。例のものだ」



(誰に話しかけてるの?)



 ソフィアが不思議に思って首を傾げた、瞬間。



「あら、ルーカスったら本当に手に入れてくれたのね。例のもの」


 透き通った綺麗な声と言葉遣いに釣られてそちらを見れば、背もたれの後ろにいたらしい小さな羽の生えた生き物が、ひょこっと顔を出した。

 更にすらりと長い脚と、美しいロングドレスの裾。

 長い銀髪が、ソフィアの前で優雅に上品に揺らぐ。


「え!?」


 ソフィアはエメラルドグリーン色の瞳を、大きく見開いた。



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