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たとえ王女様と知り合いになって、彼女へされている嫌がらせをどうにかしたいと思っても。
所詮ソフィアは、ただの一般庶民。
マークスやジン、兵士たちが守っている中を割り込んだって邪魔にしかならない。
出来ることは時々お菓子を持って城に行き、一緒に遊んで楽しい時間を作ることくらいだ。
――ということで、ソフィアの日常は何も変わらない。
今日もいつものようにキッチンで妖精達にうるさくお菓子をねだられている。
「ソフィアさんソフィアさーん。おかしまだです?」
「だせや」
「くださいな」
「たのんます」
作業台の上で期待に満ちた顔で見上げてくる小さな妖精達。
中級妖精のキーを先頭に、後ろに下級妖精が三匹並んでいる形成だ。
全員がそわそわと体を左右に揺らしている。わくわくを抑えきれないらしい。
(これは……どうみても、下僕達を従えたボスね)
どうやらキーは、この下級妖精だらけの家の中でトップに昇りつめてしまったらしい。
体が成長して少し話し方が流ちょうになっただけに思えるけれど、一応は下級より中級の方が上なのだろうか。
でも上級妖精のリリーに対してのそういう態度はみられないから、単にキーが番長気質なだけなのかもしれない。
本当の妖精達の上下関係は不明だが、とにかく背後に下級妖精達を従えたキーが、代表として自分だけずずいと前へ出てきた。
そして鼻息荒く、両手を出しておねだりしてくる。
「おいしいの、くださいです。ほら、ほらほら」
「ほらって言われても。どこを見ても無いでしょう? 今作ってるところだってば」
「なんと」
「大人しく待っててね」
妖精達と会話を交わしつつ、ソフィアはボールに入った卵白を泡立てている。
「むぅ……メニューはなんです? すぐできるです?」
「チョコレートムースよ。すぐには無理」
「チョコ!」
「ちょこれいと!」
「あまあまなやつ!」
予想通りの反応に、ソフィアはにんまりと口端を上げた。
(なめらかしっとりな口溶けのムースが食べたい気分って、定期的にやってくるのよね)
今日はそんな気分なので、一生懸命かき混ぜて質の良いメレンゲにしなければ。
妖精達の催促の声につられて急いで仕上げて失敗なんて絶対にあってはならないのだ。
「できあがったムースにはチョコレートソースを掛けて……あ、ナッツも砕いてトッピングしよう!」
「すてきですソフィアさん! てんさいです!」
「すてきー」
「ないすあいでぃあ!」
「ふふ、そうかしら」
――姉のアンナも里帰りを終えて既に自分の家に帰ったので、これを食べるのは自分と妖精達だけだ。
一皿に手間を掛けられるので、デコレーションもしっかり可愛く仕上げてみようか。
庭から飾るようにミントの葉を取ってくるのもいいかもしれない。
そんな事を考えつつも、可能な限りの高速で泡立て器をカチャカチャかき混ぜていたソフィアだったが、ふとあることに気がついて速度を緩ませた。
きょろきょろと辺りを見回してから、目の前でずっとお菓子のできあがり待機をしているキーに問いかける。
「――そういえば、最近シロを見ないような気がするんだけど、知ってる?」
キーと一緒に中級妖精になったシロがいない。
ここにいる頭に花の飾りを付けたのはキーだけ。
しかも思い返して見れば、何日も見ていないような気がするのだ。
尋ねたソフィアに、キーは飛び上がってボールの中をのぞき込みながら答えてくれる。
「シロは、いとしのかのじょのもとにいきましたです。いたっ」
そろそろと指がつまみ食いの為に伸ばされたので、はたいた。
十センチぐらい落ちて、今度は視線の高さまで浮いてきた。
「ひどいです」
「まだ砂糖さえ入ってないから美味しくないわよ。って、え? 愛しの彼女!? そんな相手がいたの!?」
「しばしあっちにすみこむとか?」
「ど、同棲……? 凄いわね」
意外すぎる事実を知ってしまった。
ちびっ子に見えたのに、彼女がいるうえにその相手と住むなんて。
驚きまくりのソフィアだったが、しかしキーが立てた人差し指を振って否定する。
「のんのん! かたおもいです!」
「片思いなのに何日も住み込むの!?」
それはストーカーというのではなかろうか。
「え、大丈夫? どの辺りに住んでる妖精なの? 迷惑なら引き取らないといけないわ」
キーとシロは、ソフィア的にはもう『うちの子』という意識がついている。
他所の妖精にご迷惑をかけているのなら謝りにいかなければ。
「リリーさんにとってはめいわくかもです」
「……ん?」
「シロは、リリーさんにふぉーりんらぶ」
「へぇー! リリーかぁ、そっか……なるほど、綺麗だものね。でも見込みはあるのかしら」
「もうこっぴどくふられてます」
「いつ?」
「まえにここで、しつれんしたってないてましたです」
「……あっ!」
そこまで聞いて、やっと合点がいった。
(あの子かー!)
ソフィアが妖精が見えるようになった頃。
キッチンで失恋したとシクシク泣いていた妖精が確かにいた。
ルーカスからの『お菓子を持ってうちにこい』というメモ書きを持ってきた子だ。
「あの子がシロだったんだ!? ……つまり、シロは未だに諦めずにリリーにアタックし続けてるわけ?」
「ですですー」
「わー……情熱的。まぁ、ルーカス様のところならいいか……うん」
うちの子、とソフィアは思っていたけれど、別にどこに居着くのも彼らの自由だ。
まったく知らない他所様のところに居座って迷惑をかけているなら連れ戻さなければいけないけれど、ルーカスならいいだろう。
なんだかんだで優しくて、妖精が大好きな子だからシロの事も大切にしてくれるはずだ。
しかし多少なりともの迷惑はきっと掛けているはずなので、お詫びに次に会うときは手の込んだお菓子を持って行こうと思うのだった。




