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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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68/91

6


「なに、これ……」


 間違って破れてしまったのでは絶対にない。

 明らかに誰かが悪意をもって、刃物で何度も切りつけたのだと分かる傷。


(あんなに楽しそうに描いていたものなのに)


 青い瞳をキラキラさせて、周りの会話が聞こえないくらいに熱中して描く姿。

 夢中になっている姿を見た直後にこれを見つけてしまったものだから、ソフィアはなおさらのショックだった。

 傷つけられたことが、悔しかった。


「こんなひどい事、一体誰がっ――むぐ!?」


 憤りのあまりに大きな声をあげそうになった時。

 横から伸びた白い手に、口が押さえつけられた。


(何? ……――あ)


 見るとソフィアの口を押えているのは、ターニャ付きの侍女だ。

 濃灰色の髪をした若い侍女である彼女は、青い顔をして首を振り、潜めた声で言う。


「……申し訳ありません。ひとつ見落として仕舞い損ねてしまっていたようで。――ターニャ様には隠しているのです。ですから――どうかお静かに。どうか……」


 懇願するようにソフィアに訴えた侍女は、ソフィアの口から手を離すと、そっと傷つけられた絵の上に別の絵をかぶせ隠した。

 そしてチラリと、絵を描くことに夢中になっているターニャを心配そうに見つつささやく。


「後でマークス王子の許可を得て、詳しくご説明させていただきとうございます。どうかこの場では見なかったふりを」

「……分かりました」


 頷いたものの、ソフィアの心臓はバクバクなりっぱなしだ。


 侍女が言うことからして、傷つけられた絵はひとつではないのだろう。

 そして侍女やマークスは、ターニャがそれを知って傷つかないようにと本人に隠している。

 王女であっても三歳の女の子だ。

 こんなものを見せられたらショックにきまっている。

 知らせないという選択は、ソフィアだって大賛成だった。


(でも、これって嫌がらせ? いじめ?)


 それとももっと、自分になんて想像が付かないような理由でこんなことをされているのだろうか。

 何にしても人が一生懸命を作り上げたもの。

 それをこんなふうに壊すなんて許せない。

 どこの誰だかわからない相手に、むかむかとした怒りが湧いてくる。


「できた!」


 考え込み始めてしまったソフィアだったが、明るい声にはっと顔を上げる。


 振り向くと、ターニャがスケッチブックを掲げてにっこりと笑っていた。

 ソフィアもどうにか口端をあげて、近付きつつそれをのぞき込んだ。


「わ、いつのまにか背景ができてる。ターニャ様、描くの早いですね」

「えっへん」

「へぇ……さっき見たときは微笑んでいるだけだったのに、今はジンが大きなケーキの上に座る形になってる」


 しかもそのケーキから取ったのだろうイチゴを両手に持ち、幸せそうに微笑んでいる。


「っぷ! ……かわ、可愛いですね」


 無骨な戦士といった風貌の彼が、ターニャによって本当に可愛らしい妖精に変えられてしまっている。

 実際にお菓子を前にしたときの彼を、ターニャは良く見ているらしい。

 たぶんジン自身は平然を装ってターニャの前で食べたりしているのだろうが、ばればれだということだろう。

 思わず吹き出してしまって、拍子に堅くなっていた気持ちもほぐれた気がした。


「よーしぇしゃん、かわいいのよ?」

「……そうですね。ジンも、貴方もとても可愛らしいです」

「わたし?」

「えぇ」


 ソフィアは手を伸ばして、赤い髪をゆっくりとなでた。


 驚いた顔を一瞬だけ見せたターニャは、すぐに嬉しそうにふにゃりと頬を緩める。

 

(……本当は、王女様相手にこんな普通の子供みたいな扱いはだめなのだろうけど)


 目に触れることさえとても光栄なことで、髪に触れるなんて畏れ多いこと。

 マークスがあまりにも気易くて忘れがちだが、王族とはそういう存在だ。

 でもソフィアはこの可愛らしい王女様を、『王女』ではなく『ターニャ』として好きだと思った。


 笑顔が素敵、絵で人を幸せな気分にできる、可愛い女の子だ。


(まったく! こんな子に、あんなひどい事をする人って一体誰なのかしら!?)


 好きだと思った相手だからこそ、ターニャの受けている絵への嫌がらせが気になった。

 


 ――コンコン。


 そこへ、ノックの音が聞こえた。

 侍女が開けると、入ってきたのはマークスと小さな妖精姿になったジンだ。

 

「にーしゃま! おしごとおわり? よーしぇしゃんはぁ?」

「あぁ。ジンはええと、……散歩にでかけた。どこに行ったのかは知らない」

「えー!」


 マークスとターニャが話しているのを横目に、ソフィアはこっそりとジンに話しかける。


「大きくなってあげればいいのに。ジンはターニャ王女と会うの嫌なんですか?」


 すると、ジンはわずかに眉を寄せた。


「嫌ではない。ただ勢いがすごくて疲れる」

「あぁ、なるほど」


 確かにジンを前にしたとたんにターニャは大興奮で、ずっと一緒にいるのは大変かもしれない。

 子供の勢いになかなかついて行けないのだろう。

 でも嫌でないのならまぁいいかと、ソフィアは納得しておくことにする。


 ふとマークス達の方をみると、侍女がマークスの耳元に何かを囁いているところだった。

 マークスの表情が真剣みを帯び、ちらりとこちらに視線が来たので、きっとさっき見たことの報告をしているのだろう。


「……そうか。――――ターニャ、ソフィアと遊ぶのは今日はここまでだ」

「えー! おえかきみしぇてくえるって!」

「また今度な。大切な話があるんだ」

「うー……」


 唇をつんと突き出してマークスを睨んでいたが、大事な話と言われればきちんと引き下がる。

 不満そうにしながらもうなずいてくれた。 


(いいこだなぁ)

 

「しょふぃあ、きっとまたきちぇね? やくしょくよ?」


 伸ばされた小指がうれしくて、ソフィアは腰を落として視線の高さを合わせ、自分の小指を絡めた。


「はい。またすぐに遊びにきますね」


(今度会うときまでに、絵の練習をしておかないと)


 そうそう簡単にうまくなるわけではないだろうが、もう少しぐらいは見られるものにしておきたい。

 そうこっそり決意しつつ、ソフィアは小さな王女様と別れたのだった。



 

* * * *



「歩きつつ話すか。ここの方が誰かに聞かれづらい」


 アトリエから城へと戻る道すがら、人気のない場所でマークスはそう切り出した。


「はい。……マークス様、ターニャ王女の絵って、いつ頃からあんなことに?」

「気が付いたのは三か月ほど前からだな。いつの間にかアトリエに誰かが侵入して、一つ二つの絵がこっそり壊されている。見回りの兵が最初に発見して、それからは見つけるたびにターニャに知られないようにそれだけを運び出している。幸い、いくつかの絵が消えたとしても早々に気づかないような量だしな」


 無くなったことに気づくようなお気に入りの作品は、「少し借りている」と苦しい言い訳が必要なようだが、とりあえず今のところ絵を壊されていることをターニャには知られていないとのことだった。


 どうやらアトリエの鍵はターニャだけが持っているわけではないらしい。

 見回りの警備兵と、ターニャの専属侍女、マークスも所持してるとのことだった。

 三歳児に建物ひとつの管理はさすがに難しいからだろう。

 それでも持つものには厳選に厳選を重ねられていて、犯人である可能性は非常に低いようだ。


「ターニャはそろそろ、学友を兼ねた同年代の側近を見繕う時期なんだ。幼いころから共に学ばせて信頼関係を築くために」

「どうしてそうしないんですか?」

「今の段階では、誰がどんな目的でターニャにいやがらせをしているのかが分からないからだ。敵かもしれない者を近付けさせるわけにはいかない。だから側近の選定は先延ばしにされていて、成長してどんどん交流を広げ成長させていくべき時期なのに近しいものしか会えない状況になっている」


 だから、せめてもの他者との交流のためにソフィアをよんだのだと、マークスは言った。


(なるほど、そういうことか。王女様に紹介されるなんて、やっぱり普通じゃ有り得ないものね)


 それだけ信頼されているのはとても嬉しい。

 何より、平民のソフィアには貴族の派閥争いや権力争いなどの諍いの火種に遠く、この事件に関わっているという可能性がほぼないからでもあるのだろう。


 ――そこへ、ふわりとソフィアの視界にジンが降りてきた。

 思わず手のひらで受け止めると、そこに腰かけつつ彼が見上げてくる。


「今の状況では、何もわからない。だが、俺が妖精の姿で見張っていた数日間は空振りだった。――なのに、見張りを終えた直後にまたやられた」

「それって……」


 眉を寄せてうなるジンに、ソフィアは目を丸くした。

 妖精の姿のジンは普通の人の目には映らない。

 彼が見張りをしていた数日間だけを避けられたということは、相手は祝福の瞳をもっているということだろうか。

 しかも手のひらサイズのジンが隠れているのに気づくということは――――ソフィアの手と同じような、何か特別な能力も付随して持っている相手なのかもしれない。







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