妖精との後日譚15
「はーい、できましたよー!」
しばらくしてソフィアは積み重なったクレープ生地と、いくつもの小皿に細かく切った具材を盛ったもの、あとはカトラリーと、新しい紅茶の準備を乗せたワゴンを押して自室に戻った。
「おおー!」
「なんだこれ!」
「ひゃっほーう」
キーとシロの他にも、下級妖精達がわらわらとよってくる。
「君達はこの小さい生地ね。好きなものを好きなだけのせて巻いて食べなさい。あんまりこぼさないでよね」
「おぉー! じぶんで!」
「すきなものを!」
「すきなだけ!?」
「すてき……」
沢山の妖精達がわっと一斉にクレープに群がりだした。
いくつか置いた大皿の上に何匹かずつかのって、好みのクレープ作りをそれぞれ始めている。
「チョコ! チョコを!」
「いちごジャムさんがよいです!」
「ぜんぶだ! おれはぜんぶのせる!!」
もの凄く楽しそうだ。全部のせは、妖精サイズの小さなクレープでは無理そうだが。
ソフィアがしたのは生地を焼いて果物を切ったくらい。
それでも手の力は存分に発揮されているらしい。
(どこまでが私の作ったお菓子ということになるのかしら。果物切っただけだとお菓子にはならないわよね?)
境界線が今のところよく分からない。
それでも目をキラキラさせてソースや具を乗せて包む妖精達の様子ににんまりとしながら、自分の席に着いた。
「ルーカス様、お好きなもの取りますけれどどれが良いです?」
ルーカスは妖精達と、自らの前に置かれた皿を交互に見比べていた。そしてキリッと眉を上げた。
「いや、…僕も自分でやる」
「どうぞ……」
妖精達が楽しそうにやっているのに触発されたのだろうか。
ルーカスもいくつかの小皿を自分の方に寄せて、広げた生地にのせ始めていった。
「む、バランスが……」とか「これだと彩りが……」とか「味の組み合わせも重要だ……」とか、真剣な顔で呟いている。
何やら拘っているようだ。
彼はお茶を入れるのは上手だったけれど、料理はソフィアの知っている限りしたことがないはず。
のせて包むだけでも物珍しいようで、妖精達と同じくらいに青い目はキラキラ輝いている。
(すごく……子供らしいわ……)
そういえば子供の頃、同じようにクレープ作りをさせてもらって、すごく楽しかった記憶がソフィアにもある。
あの時みたいな楽しい気持ちを、今彼は味わってくれているのだろうか。
そうだと嬉しいな、とソフィアは口元を緩めつつ、ぬれ布巾で手を拭ってから自分のクレープに取りかかることにする。
まずはバターと砂糖を全体に薄く広げて。
そして少しのシナモン、あとは煮る時間はなかった生の林檎の角切りを乗せて、二回折り包んだ。
手づかみで食べる妖精達とは違い、こちらはフォークとナイフで食べるつもりだ。
飾りに粉砂糖を軽く振りかけて、さらにいくつかフルーツを添えて、ミントの葉を1つのせ、彩り良くしてみた。
(うん、綺麗に出来たわ)
自分の作った一皿に満足したあと、一口サイズに切って頬張る。
バターとシナモンの風味が広がって、続いて林檎のサクサク感と酸味がやってくる。思わず、ほっと息が漏れた。
「あぁ、甘いもの食べたらちゃんと帰ってきたー! って実感がわきます」
「ですね」
「だなだな」
キーとシロも頷きつつ、あちこちジャムやチョコレートソースでベタベタにしながら食べていた。
(結構な量つくったけれど、あっという間になくなりそうだわ)
「ルーカス様、妖精達がこっちのに目を付けてねだってくる前に早く食べちゃってください」
「あぁ、いただこう。」
自分で拘り抜いてトッピングしたクレープをやっと食べ始めたルーカスを前に、ソフィアは話を切り出した。
「そういえば、また助けていただきましたし、明日にでもマークス様にお礼を言いに行きたいんですけど、お時間空いているでしょうか」
リリーがマークスにソフィア達が妖精の宴に招待されたことを知らせてくれたおかげで、ソフィアは三日間の不在を叱られずにすんだ。
そのお礼を言いたいのだと提案したソフィアに、ルーカスは少し考えてから答えた。
「明日すぐには難しいだろう」
「ですよね……できれば迷惑かけない時にお礼を伝えたいです。ついこの間、朝一で突撃訪問してしまった私が言うのも何ですけど」
「まずは手紙での礼でいいんじゃないか。予定の空いたときにジンの希望の菓子でも持っていけば喜ばれると思う。この分だと、うちの屋敷の使用人達にも不在にする旨を連絡してくれているだろうし、僕も帰ったら礼状を書くつもりだ」
「分かりました。まずはお礼の手紙ですね。今夜にでも書きます」
ソフィアの目の前で、ルーカスはクレープを綺麗な所作でだが良く食べてくれていた。
楽しかったのか、かなりいろいろなフルーツを入れていて結構なボリュームなのだが、食べ切れそうだ。
最近のルーカスは以前よりも食べる量が増えたようで、細すぎだった手足にも少し肉がついてきたような気がする。
手を止めずに食べる様子を嬉しく思いながら眺めつつ、ソフィアは話しを続けた。
「それにしても、マークス様って親切ですよね」
「……?」
「だって今回も城へ滞在していることにして、私が怒られないように対応してくれましたし。この間も突然訪ねたのに応対してくれましたし。……助けて貰ってばかりで申し訳ないなぁって――ルーカス様?」
いつの間にか手を止めていたルーカスは、細めた目でソフィアを見ていた。
視線を返すと、あからさまに溜息をつかれてしまった。
何か呆れられるような事を言っただろうか。
「そのうち恩の全部を返すような頼みが出てくる気がするから、申し訳ないとか思わなくていい」
「はい?」
「あの人は、僕も……そしてソフィアも育てて、自分の力のひとつにしたいんだろう。王になるという目標のために」
「お、おう……王……そっか。王子様ですし、王様を目指しても不思議じゃないですよね。もっとも私にできる事なんて何もないと思いますけど。……でもマークス様が困ってたら助けたいとは思います。ルーカス様は違うんですか?」
ルーカスは複雑そうな顔で肩をすくめた。
「僕は、後見人について貰った事で、将来あの人の配下に入るのは決まったようなものだ。だが、いまいち信頼していいのかどうか」
完全に信頼するにはマークスという人をまだ掴み切れていないらしい。
(変なの)
バターの染みこんだクレープを頬張りながら、ソフィアは首を傾げた。
ソフィアにとって、マークスは親切な王子様。ただそれだけだ。
信頼するのなんて「いい人だなぁ」と一度思っただけでもう充分なのに、ルーカスにはもっと別の理由が必要らしい。
彼はほんとうに、いろいろと複雑に考えすぎだと思う。
(これだから私以外の友達が出来ないのよ。でもこれは私が口出すことじゃないよね)
ルーカスに信頼できる人が増えれば嬉しい。
けれど気持ち的な問題なので、何を言っても意味がないだろう。
(それに、王位継承なんて私には本当に関係ないだろうし。普通に妖精が見える同士として付き合っていければいいな)
―――だって、自分にできることなんて妖精が好きなお菓子を作ることだけ。
もう少しだけ、妖精達について詳しく知って、より仲良くなってみたいとも今回のことで思うようにはなったけれど、それが何かの役に立つとも思えない。
国を動かすような問題に自分が立ち入るなんて絶対にないと、その時までのソフィアはのんきに考えていた。




